昨日、愛信さんから、貴重な情報をいただきました。
来日している中国共産党ナンバー5、李長春政治局常務委員(宣伝担当)が、30日夜、日本の通信社・新聞社・テレビ局14社の社長らと、都内のホテルで夕食を共にしながら懇談。
この席で、李長春政治局常務委員が、
「両国国民の相互理解に向けて“良好な世論を作るよう努力してほしい”」と求めたというのです。
■関連ニュース:日本メディア14社首脳と初懇談=「良好な世論を」と李長春氏-中国 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090330-00000192-jij-int
東京の中国大使館によると、中国指導者が日本メディア各社を一斉に招き、意見交換したのは初めてのこと。
冷静に考えると、もし日本の、たとえば麻生総理や、米国の広報担当官や、在日大使が大手マスコミ14社の社長を食事会に招き、「良好な世論を作るよう努力してほしい」と述べたとしたら、おそらく日本のメディアは、「怪しからん!我々の言論の自由に露骨な圧力を掛けられた!」と大騒ぎになったであろうことは、容易に推測できます。
当然です。ジャーナリストにとって、圧力に屈することは最大の侮辱です。
ところが、相手が中国だと・・・・ただ頷いて素直に耳を傾ける。
参加者の誰一人として「民主主義国家の一員として、ジャーナリストとして、世論誘導など出来ない」と答えない。そうした報道もない。
以前、このブログで、1972年に日本が入手したとされる中国の「日本支配工作要領」を紹介させていただきました。
■関連記事:中国、戦慄の「日本支配工作要領」
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-448.html
この「日本支配工作要領」の“第2.マスコミ工作”によれば、
≪大衆の中から自然発生的に沸き上がってきた声を世論と読んだのは、遠い昔のことで、「マスコミ」は、世論造成の不可欠の道具に過ぎない≫
のだそうです。
そして、
≪政府の内外政策には常に攻撃を加えて反対し、
野諸党の反政府活動を一貫して支持し、
特に在野党の反政府共闘には無条件で賛意を表明し、
その成果を高く評価して鼓舞する≫
といいます。
さらに、メディアによる人間の尊重、自由、民主、平和、独立の強調については、
「自由」とは、旧道徳からの解放、本能や性の開放を指し、
「民主」とは、国家権力の排除を指し、
「平和」とは、反戦、不戦、思想の定着促進であり、
「独立」とは、米との提携の排除、ロシアへの接近阻止をいうのだそうです。
さらに、中国とは、1964年に締結された日中記者交換協定によって、
1.日本政府は中国を敵視した報道をしてはならず、マスコミは中国の意に反する報道を行わないこと。
2.これに違背したメディアは、中国から記者を追い出され、中国関連の報道ができなくなる。
とされてます。
この協定によって、日本のメディアは、一貫して、中国のプロパガンダ機関として利用され続けている。
ただでさえそういう状況なのに、さらにこれに輪をかけて、中国共産党の宣伝担当のTOPが、わざわざ来日して、大手メディア14社のTOPを招き、敢えて、
「良好な世論を作るよう努力してほしい」・・・
ここでいう「良好な世論」を「作れ」とは、
「中国共産党にとって都合のいい世論を」、「作れ」という意味に他ならない。
そして中国という国は、自国の都合のためには、平気で嘘をならべることが「正しい」とする文化を持った国です。これが中国でいう“避諱”の概念であり、それは中国国内では宗教的戒律に等しい意味を持っている。
■関連記事:虚言で対面を保とうとする中国の文化は、どこの国に行っても歓迎されない。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-449.html
つまり、今回の要求は、簡単にいえば、
本来真実を報道しなければならないメディアが「中国にとって都合のいい『嘘』の報道をするよう、あらためて求められ」、国内メディアのTOPが、「これを承諾した」という意味に他ならない。
いま、民主党などは、しきりに中国に接近し、国内に向けては、アメリカからの支配の脱出を説いています。
しかし、現実に中国の支配下に置かれた国がどうなっているか。
東トルキスタン、ネパール。。。。
いずれも言論の自由を封殺され、女は連れ去られ、私有財産は奪われ、文化は破壊されつくしている。
そして中国本体は、国内には10人にひとりの割合で奇形児が生まれ、多くの一般大衆は衣食住もままならない生活を送り、しかも人間としてすら扱われていない(国籍もない)。
法があっても、党幹部の恣意によって、そんなものはいくらでも蹂躙され、庶民には人権すら与えられていない。
そういう国の宣伝相から、嘘八百の報道を依頼され、それを唯々諾々と呑む日本のメディア。
日本人はね、言論の自由は、空気のように、あることがあたりまえだと思っている。
江戸の昔から、幕府が何を言おうが、瓦版は好き勝手なことを書いていた。
赤穂浪士なんて、幕府は私的な乱闘事件を起こした暴力犯だとして断罪したのに、瓦版は、立派な仇討だとほめちぎっていた。
泥棒の石川五右衛門や、極道のニッポンダエモンなどが、庶民の英雄としてもてはやされもした。
庶民の言論は自由であり、お上はそういう活気ある庶民を慈しんだ。
日本人は、嘘を憎み、本当のことを知ることや言うことが、ふつうに正しいことだと信じている。
日本は、そういう文化を持っているからこそ、江戸300年の太平の世を築いたし、欧米の植民地にならずにも済んだし、明治の昔から世界に向けて人種差別の撤廃や人権の大切さを世界に訴えもしてきた。
その日本のメディアが、大衆誘導のために、他国に都合のいい報道を求められ、これを唯々諾々と、呑む。
この件に関する報道は、ほんの数行の短いものでしかないけれど、後の世に「日本のメディアの死を報じた大転換期を象徴する事件」として、長く歴史に刻まれることは間違いないことであろうと思います。

日本に中国批判を禁止【日中記者交換協定】


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