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| ひるがえって現代を見るに、日本の政治権力を握る内閣や国会議員たちは、果たして日本の一般庶民の暮らしや小さな思いを大切にするという姿勢を持っているのでしょうか。あるいは大学の教授や、学校の先生たちの中に、そうした思いが普遍的な思想として定着しているといえるのでしょうか。 そうでないなら、現代日本は、宗盛の時代よりも、800年以上「オクレている」ということになると思うのですが、いかがでしょうか。 |


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そろそろ桜の花がほころび始めました。
さて、桜といえば思い出すのが、お能の演目の「熊野(ゆや)」です。
昔は「熊野(ゆや)松風は米の飯」といわれたくらい、ポピュラーな演目だったものです。
熊野(ゆや)は、遠州(静岡県)出身の美しい女性でした。
家柄もよく、利発で優秀でよく気が付き、しかも美人ということで、京の都で平宗盛(たいらのむねもり)に仕えることになりました。
平宗盛といえば、当時、日本一の権勢を誇っていた人物です。
そんな平宗盛もまた、美しい熊野(ゆや)を部下としてとてもかわいがっていました。
春になり、宗盛は清水寺で春の大花見大会を企画します。
都中どころか、地方からも名士を招いての大花見大会です。
美しい清水の舞台に、満開の桜、そして美しく着飾った女性たち。
宗盛は、この花見をとても楽しみにしていて、なかでも美しい熊野(ゆや)は、この花見の日の花となる女性となっていました。
ところが・・・・。
そんな花見大会を前にして、熊野(ゆや)のもとに、故郷の母が危篤との連絡が入ります。
心配でたまらない熊野は、すぐにでも故郷に帰りたい。
けれど上司である平宗盛が、花見大会に寄せる気持ちも理解できる。
そんな葛藤の中で、いよいよ花見大会の当日になります。
人々が清水寺に集まり、さあ花見大会というとき、どういうわけか権現様が不機嫌となられたのか、強風が吹いてせっかくの桜が散ってしまいます。
それでも花吹雪だとよろこんでいたら、今度は突然、バケツを引っくり返したような大雨が降る。
やむを得ず、皆様には清水寺の社内に入っていただき、そこで歌会を催すことになりました。
いよいよ歌会となり、様々な人が和歌を披露するなか、熊野(ゆや)にも、和歌の発表の順番が回ってきます。
熊野(ゆや)は、次の和歌を詠みました。
いかにせん 都の春も惜しけれど
馴れし東(あずま)の花や散るらん
この和歌を聞いた平宗盛は、熊野(ゆや)を近くに呼び、何かあったのかと問いました。
宗盛は、和歌から「熊野(ゆや)」に何かあったのかと察したのです。
熊野(ゆや)は、「実は・・・」と故郷の母の危篤を伝えました。
それを聞いた宗盛は、
「ならばすぐにでも帰っておやり」と、熊野(ゆや)に路銀を与えて帰省を勧めます。
熊野(ゆや)は、宗盛の気が変わらないうちにと、お礼を申し上げると、すぐに花見会場を発ちました。
と、これがお能の演目の「熊野(ゆや)」のストーリーです。
一門の権勢を担う宗盛という武家の棟梁にして、権力者ある宗盛と、美しい桜、美しい女性を登場させたこの演目は、権現様を通じて、神々のご意思はどこまでも衆生の幸せにあること。
そして時の最高権力者であってた宗盛が、ひとりの女官の思いを、にわか雨に散った桜と、熊野の和歌から察して、熊野の帰郷をゆるすというところに、武家の長としての大切な心構えを描いています。
人の上に立つ者なら、権現様がお怒りになられる前に、もっと早くに熊野(ゆや)の心配に気付けよ!と言っているのです。
時の権力者である宗盛にしてみれば、一回の女官の実家の母の身に何かあったとしても、「そのようなことは業務に関係ない、私的なことを公務に持ち込むな!」という立場も取れたことでしょう。
いや、一般的には、そのように解せられることが普通ではないかと思います。
けれど、そういう上長の態度は「いけない」と、権現様はお怒りになられているのです。
そして花見大会に大風を吹かせ、大雨を降らせまでされています。
「気付けよ!」と言っているのです。
宗盛がようやく熊野(ゆや)の異常に気づいたのは、和歌が詠まれてからでした。
この和歌で、宗盛は気づいたのです。
では、戦後教育を受けてきた私たちは、この和歌を部下の女性が詠んだとき、
「この子に何かあったのかな?」
と気がつくことができたでしょうか。
平宗盛は、平清盛の後継者であり、当時としては最高権力を手にした人物です。
部下の数は、数しれず。
しかも熊野(ゆや)は、美しいとはいえ、一介の女官にすぎません。
今風にいえば、大会社の社長に、末端の女性事務員の異常に気付けと言っているようなものです。
それでも、ちゃんと気付きなさい!とお能は教えているのです。
なぜなら我が国は、古来「民衆の幸せこそ国の幸せ」であることを国是としてきた国柄だからです。
そうであれば、権力者は、国の(天皇の)「おほみたから」である民衆の幸せを常に最優先すべき存在です。
それが権力を持つ者の務めなのです。
武家であれば、当然、武力を持つし、武力を用いるための訓練も受けています。
つまり一般の民よりも、はっきり言って強い。
まして一門のトップともなれば、部下の数は何千、何万です。
けれど、強いからこそ、そして権力があるからこそ、一般の人や弱い者たちの些細な気持ちに、ちゃんと気づくことの大切さが、この物語に込められているのです。
これこそ、日本文化です。
ひるがえって現代を見るに、日本の政治権力を握る内閣や国会議員たちは、果たして日本の一般庶民の暮らしや小さな思いを大切にするという姿勢を持っているのでしょうか。
あるいは大学の教授や、学校の先生たちの中に、そうした思いが普遍的な思想として定着しているといえるのでしょうか。
そうでないなら、現代日本は、宗盛の時代よりも、800年以上「オクレている」ということになると思うのですが、いかがでしょうか。
※この記事は2022年3月の記事のリニューアルです。
日本をかっこよく!
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