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20170411 日本史検定講座

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20170425 迩々芸命
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律令の規定によれば、天皇の妻には大別して次の3つの種類がありました。
妃、夫人、嬪です。
「妃(きさき)」というのは、皇族の血筋の女性です。
「夫人(おほとじ)」は、中央の有力貴族の娘、
「嬪(みめ)」は、地方豪族などの娘です。
我が国の中世において、次の天皇になる人は、基本、天皇と妃の間にできた子とされました。
要するに、同じ天皇の子であっても、母親の実家の身分によって、位が定まっていたのです。
6世紀の終わりから8世紀にかけて、女性の天皇が相次いだのも、このことが理由になっています。
女性の天皇といえば、
 第33代 推古天皇
 第35代 皇極天皇(第37代斉明天皇はその重祚(再即位))
 第41代 持統天皇
 第43代 元明天皇
 第44代 元正天皇
 第46代 孝謙天皇(第48代称徳天皇はその重祚(再即位))
他に、少し時代が下って、
 第109代 明正天皇(1629〜1643)
 第117代 後桜町天皇(1762〜1770)
といった例があります。
これら女性の天皇は、全て男系皇族の女性であり、かつ既婚の場合は即位前に先帝陛下の皇后の地位にありました。
いわゆる女系天皇というのは、女性の血筋の天皇を意味しますが、これは過去に例がないものです。
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さて、飛鳥から奈良平安時代の物語などを読むと、天皇の娘が天皇の異母弟の妻になって子をなす、などといった事例が数多くあることに驚かされます。
要するに兄の娘を弟が娶ったりするわけで、現代人の我々からすると奇異な感じがします。
ところが実は、こうしたことが大切にされたことにも神話が深く関わっています。
神話によると天照大御神の直系の血筋が天皇です。
その天照大御神は最高神です。
ですから天照大御神の直系の血筋であることが、天皇の権威の裏付けとなります。
この天照大御神の直系の血筋をひく皇子が、日嗣皇子(ひつぎのみこ、日継皇子とも書く)です。
天皇が天皇であるためには、その血筋をできるだけ濃い状態に保つことが必要です。
だから天皇は、皇族の娘との間に生まれた子でなければ、原則天皇になれなかったのです。
天皇の権威の正統性は、天照大御神からの直系のお血筋という点にあるわけですから、できるだけその血を濃い状態のままに後世につなぐことが必要とされたのです。
ところが昔は、子供はよく亡くなったものですし、万一皇族の女性との間に男子がなかった場合のことも考えておく必要があります。
だから夫人や嬪を妻にしたのです。
中央豪族にしても、地方豪族にしても、娘が天皇の子を産んでくれれば、その地位は天皇の外戚となるわけですから、格段に上昇します。
双方にとってメリットがあったのです。
なぜ男系皇族でなければ天皇になれないのかも、神話が元になっています。
もともと創世の神様には性別がなかったのですが、私達の住む地球において、最初の男女神となられたのが伊耶那岐神、伊耶那美神です。
地上における森羅万象のすべては、この二神が生んだとされています。
ところが伊耶那美神の直系は、黄泉の国に行ってしまわれます。
そして伊耶那岐神からお生まれになられたのが、天照大御神、月読命、須佐之男命です。
これを三貴神といいます。
この三貴神のなかで、高天原の最高神となられたのが、天照大御神です。
つまり、天照大御神は、伊耶那岐大神という男系の血筋から生まれています。
その天照大御神は、外見は女性神の姿をとられていますが、伊耶那岐大神から玉の緒をいただいています。
玉の緒というのは魂の緒、つまり伊耶那岐大神の神力そのものを受け継いだのです。
ですから天照大御神は、外見は女性ですが、御魂は男性神、女性神両方の力を併せ持ちます。
これによって天照大御神は、男女の性別のない創成神と同じ、最高神としての位を得ています。
その天照大御神の子が、男性である天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)です。
その子(つまり天照大御神の孫)が、やはり男性である迩々芸命(ににぎのみこと)です。
その迩々芸命が、地上に降臨して天皇家の祖となりました。
ですからその血筋を保持するためには、男系男子でなければならないとされ、その日嗣の皇子としての血筋を濃く保つために、天皇と皇族の娘との間に生まれた子でなければ天皇になれないという仕組みが確立したのです。
以上も神話に基づきます。
ちなみにChinaの歴代王朝では、皇帝の子であれば、女性の出自に関わりなく、次の皇帝となりました。
天皇や皇帝の跡継ぎの問題は、国家の重大事ですが、果てしない殺し合いの結果、神話を失ったChinaでは、皇帝の正統性は天命によると無理やりこじつけるしかなかったのです。
我が国は、Chinaの歴代王朝におけるこうした後継の方法を一切採り入れていません。
日本文明を、China王朝の借り物ないし、衛星文明だと述べる人がいますが、国の後継者問題という大事からして、我が国は我が国の神話に基づく独自の対応がずっと行われ続けたのです。
要するにChinaと違うのです。
なぜなら我が国には神話があるからです。
神話によって、我が国の民衆の地位も、Chinaとはまるで違っています。
Chinaの歴代王朝における皇帝は、ピンはねも商売のうちと考えるなら、ひとことでいえば商業王朝です。
Chinaの税制は、そもそも通行税で成り立っているというだけでなく、Chinaでは社会のすべてが「上納」によって成り立っています。
乞食にも元締めがあり、元締めがピンはねをします。
その乞食の元締めは、地域の元締めに上納金を払います。
地域の元締めは、地方の大物元締めに上納します。
地方の大物元締めは中央に上納金を納めます。
つまりあらゆる階層で、ピンはねによる上納金が社会の階層構造をなし、その頂点に皇帝がいるのです。
これはChinaの歴代王朝だけでなく、現代のChina共産党も基本構造は同じです。朝鮮も同じです。
このような階層社会では、現場でモノ作りをする人は、社会の最下層に置かれます。
そして常にピンはねされる人々です。
そしてピンはねをする側の人たちは、働かずに収入を得ます。
そのトップにあるのが、皇帝です。
ピンはねも商売のうち、と考えるなら、まさに「商業王朝」なのです。
我が国は違います。
我が国は「生産王朝」です。
これもまた神話に基づきます。
我が国では、モノ作りをする人々こそ社会の「たから」です。天皇の「おほみたから」です。
そうすることで生産者が大切にされてきたからこそ、我が国はモノ作り大国となったし、明治期の経済の大成長、戦後の急速な復興も可能にできたのです。
我が国では、神話によって天皇は国の最高権威とされていますが、なぜ最高権威なのかといえば、天皇は国のすべてを代表して高天原の神々とつながるお役目だからです。
これを「シラス」といいます。
なぜ国のすべてを代表するのかといえば、民も国土も、すべては天皇の「おほみたから」だからです。
そして天皇は、国のすべてを代表して神々と直接つながるお役目ですから、天皇の地位に万一のことがあってはなりません。
そのため我が国では、国の最高権威と国家権力を分離しました。
権力は責任を負うものです。
国のすべてを代表して神々とつながる天皇が、政治責任をとってしまわれたなら、この世に神々とつながる大切な方がいなくなってしまいます。
だから権威と、責任を伴う権力の分離をはかったのです。
その権力者が権力を行使する相手は、民衆です。
その民衆は天皇の「おほみたから」です。
まるでジャンケンポンのような仕組みですが、このこともまた、神話に基づいて形成された我が国固有の概念です。
つまり、日本という国家は、神話に基づいて築かれ、神話に基づいて国がずっと保持されてきたのです。
ちなみに日本は「モノつくり大国」とされ、古来、モノつくりをたいへん大切にしてきました。
我が国で産する勾玉(まがたま)は、翡翠(ひすい)や瑪瑙(めのう)を加工してつくられましたが、翡翠も瑪瑙も、硬度は6.5〜7もあります。
鉄の硬度が4です。
つまり翡翠も瑪瑙も鉄より硬いのですが、それらがまだ鉄器のなかった時代に、あの美しい勾玉の形に加工され、穴まで開けられているのです。
石英の粉末を利用して研磨加工したのではないかと言われていますが、翡翠や瑪瑙の原石を、あの勾玉の形になるまで研磨するには、ひとつの石に、小さなもので2年、大きなものになると10年磨き続けて、ようやくあの勾玉の形になるのだそうです。
それだけの期間、加工を続けるためには、あたりまえのことですが、その加工職人さんを食べさせるための社会機能が必要となります。
つまり、モノつくりを大切にする国でなければ、そのような加工品はつくりえないのです。
そして、そのようなモノ作りを国の根幹とするという国の在り方も、神話に基づきます。
もともと、大国主神の時代には、物流や流通といった商業が振興されたものを、これを天忍穂耳命が「下界は騒々しい」と喝破し、商業国からモノつくり国へと、国の統治の根幹が変更されています。
現代Chinaや現代韓国は、その日本の上前を撥ねることで、戦後の急激な経済の成長を図りました。
平成に入って以降、日本経済が横ばい、China朝鮮経済が、世界一の貿易収支の大黒字となっているのも、簡単にいえば、日本や米国の利益の上前を撥ねたことによります。
いま米国が、北朝鮮の核開発を問題視して軍事的緊張が高まっていますが、この問題の根幹にあるのは、ピンはね商売で大儲けしたChina韓国政府の利益の帳面の付替えを、米国にしようとしていることが根幹です。
要するに、北朝鮮自体は、米国にしてみればどうでも良いのです。
本丸はChina経済への牽制です。
ただし、戦時と平時では、価値が逆転します。
「戦争するぞ」と一触即発の危機にあるときは、戦争は起きません。
どちらか一方が、平和ボケしている状態にあるときに、戦争は起きます。
その意味で、いま東亜地域で戦争のきっかけを生んでいるのは、唯一平和ボケした日本です。
危機は北朝鮮にあるのではなく、実は日本にあるのです。
従って日本が臨戦態勢になれば、戦争は起きません。
日本の平和ボケが解消せず、日本に火の手があがったとき、世界中が巻き込まれる第三次世界大戦がはじまります。
つまり第三次世界大戦を招く引き金は、なんのことはない日本がそのキャスティングボードを握っています。
日本が目覚めれば戦争は起きません。
日本が目覚めなければ、戦争が始まります。
これも(当事者は別ですが)、神話に書かれていることです。
話が脱線しましたが、日本を取り戻すためには、日本の神話をしっかりと学ぶ必要があります。
その国内向けの神話は、古事記に綴られています。
けれど、その古事記を、子供向けの「日本昔ばなし」程度しか読まないのでは、日本の形はわかりません。
そもそも古事記は、大人向けに書かれた書なのです。
ならば、大人には大人の古事記の読み方があって当然なのです。
お読みいただき、ありがとうございました。
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「お詫びと訂正」
第一巻八十三ページに「これは千葉の常若神社の渡邊宮司から教えていただいた話なのですが、聖徳太子の十七条憲法の各条文は、それぞれ創成の神々の神名と関連付けて書かれているからこそ、十七条なのです」とありますが、私が教わったことは古事記と聖徳太子に関するお話であり、聖徳太子の十七条憲法と神々の神名との関連付けは教えていただいたことではなく、私の考えであると、渡邊宮司をはじめ、関係各位に深くお詫びして訂正いたします。

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