
(画像はクリックすると当該画像の元ページに飛ぶようにしています)
←いつも応援クリックをありがとうございます。世界中の国々は、ほんの近世まで国の施政者と民衆の関係を、支配者と被支配者の関係、言い方を変えれば「王様と奴隷」の関係として構築してきていました。
そのような世界にあって、日本はなんといつの時代かわからないほどの昔に、「民衆を代表する支配者よりももっと偉い人」という制度を構築し、これを定着させました。
それが「シラス(知らす、Shirasu)」という統治です。
ヨーロッパが、王権の絶対的支配からようやく脱したのは18世紀のことでした。
市民という言葉が誕生したのも、フランス革命以降です。
けれどその市民の誕生のために、どれだけの命が断頭台の露と消えたか。
それほどの戦いをもって、市民ははじめて王権からの支配から逃れています。
世界を見渡せば、21世紀の今日においてもなお、独裁的支配者のもとに民衆が隷属させられている国は多々あります。
そうした世界にあって、日本は、権力者よりも上位の存在を置き、その上位の存在によって、民衆を「おほみたから」とするという体制を構築し、これを保持してきたのです。
日本という国の凄みの根源が、ここにあります。

【倭塾】(江東区文化センター)
〒135-0016 東京都江東区東陽4丁目11−3
第35回 2016/12/24(土)13:30〜16:30 第4/5研修室
第36回 2017/1/14(土)13:30〜16:30 第4/5研修室
第37回 2017/2/26(日)13:30〜16:30 第4/5研修室
【ねずさんと学ぶ百人一首】(江東区文化センター)
〒135-0016 東京都江東区東陽4丁目11−3
第 9回 2016/11/24(木)18:30〜20:30 第三研修室
第10回 2016/12/8(木)18:30〜20:30 第三研修室
第11回 2017/1/19(木)18:30〜20:30 第三研修室
第12回 2017/2/ 9(木)18:30〜20:30 第三研修室
もちろん日本にも上下関係はあります。
これは、人が社会を構築するために、なくてはならないものです。
これを身分といいますが、その身分さえ、日本では、固定されたものではありません。
たとえばいまのChinaでは、政府高官や大企業のトップにまで栄達した人であっても、パスポートを見れば「農民」と書かれています。
身分はどこまでも固定です。
ところが、そういう意味での「身分」は、日本にはありません。
もちろん日本でも、武士の家に生まれた子は、武士になりました。
けれど同じことは、大工の家に生まれた子が、親の跡を次いで大工になるのと同じです。
いまでもそうですが、スポーツ選手の子は、やはり運動神経がとても良かったりします。
後天的な環境などの要因以外に、人にはDNAに刻まれる代々受け継がれる本質があります。
とくに人の上に立つ、たとえば貴族や大名などは、幼い頃から、私心を持たないように育てられるだけでなく、それが代々世襲されることによって、血として備わったものになっていく、これは世間の期待です。
しかも、たとえ世襲の名家といえども、不手際や不祥事があれば、たとえ貴族や大名であっても、その地位を追われ、お家断絶となりました。
決して甘くはないのです。
代議士の世襲は良くないなどという議論がありますが、ですから私は、その意見には反対です。
世襲があっても、それ自体は良いことと思います。
人が無私になるということは、何代もかけてはじめてDNAレベルにまで染み込むことだからです。
ただし政治権力は、常に責任とセットであるとしてきたのが日本です。
権力が社会に対して働きかけるものであるならば、同時に社会に対する責任もあって当然です。
そうした厳しさがないなら、世襲が身分になってしまいます。
どこかの国は、儒教国を標榜しますが、同時に国民の教育に「恨み」を根本にしています。
人や世の中を愛することを教育の柱とせず、人や世の中を恨むことを国是としているのです。
そんなことでは、国や民族がろくなものにならないことは、誰が考えてもあまりにも明らかです。
にもかかわらず、それを国是としているということは、明らかに異常なことです。
ということは、その国も、そこに住む民族も、異常な国家であり、異常な民族です。
個別にみれば、まともな人がたくさんいたとしても、国家のカタチが異常なら、その国や民族は異常になります。
実は、この異常は、明治中期以降の日本にもありました。
その異常とは、責任を伴わない政治権力です。
これは江戸社会にはなかったことです。
私はそこに、諸般の事情があったとはいえ、明治維新から終戦までのわずか80年の間に、8回もの大きな戦争に日本が突入していった大きな原因があると思っています。
日本は民度の高い国です。
だから戦争に勝つことができましたし、先の大戦でも、世界から植民地支配をなくして人種の平等を実現するという、気高い理想を実現することができました。
それでも、戦争そのものは、悲惨なものです。
その悲惨に、なぜ日本が戦争に突入したのか。
このことは、私達自身がしっかりと見直さなければならないところです。
たとえば日米戦争は、もちろん米国のオレンジ計画に基づく日本追い込み作戦の結果です。
追い詰められた日本は、戦えば亡国、戦わざるもまた亡国という瀬戸際まで追い詰められました。
しかし日本は、どうしてそこまで追い詰められるところまで、至らなければならなかったのでしょうか。
戦争は、究極の外交手段です。
戦争の前に、戦争に至らないように全力を尽くすことこそが、肝要です。
では実際に戦争に至ったとき、その「戦争に至らないように全力を尽くすこと」に失敗したことの責任を誰が取ったのでしょうか。
戦争に負けたとき、多くの軍人がみずから腹を斬りました。
これは民度の高さです。
立派に責任をとったのです。
では、開戦のときに、開戦責任をとって腹を斬った者が、誰かひとりでもいたのでしょうか。
日清戦争は、相次ぐ清国の日本への挑発行動に、ついに堪忍袋の尾が切れた日本が、当時としては東アジアの超大国であった清國に乾坤一擲の大勝負を挑んだ戦争です。
この戦争を回避するため、山県有朋が膨大な軍事予算を計上したことは、よく知られた事実です。
それは、清国の持つ強大な戦艦に対し、日本がこれに勝るとも劣らない軍事力を持つための予算でした。
けれど、当時の議会は、福祉優先、内政重視と、この予算案を棄却しました。
結果、清國に侮られ、日本は厳しい戦争へと突入しています。
たまたま勝ったから良かったものの、もしこのとき日本が清國に敗れていたら、果たしてその後の日本はどうなっていたことでしょうか。
それは、考えただけでもおそろしいことです。
日清戦争で失われた日本人の生命は、1万7千柱です。
かかった戦費は、当時のお金で2.3億円、現在の貨幣に換算して、約8千億円です。
その開戦責任は、誰がとったのでしょうか。
誰が、切腹したのでしょうか。
日露戦争では、これが当時のお金で17.3億円、現在の貨幣に換算して、約6兆円です。
それだけの費用を、なぜ日本の政府、国会は、日本の内政のために、あるいは戦争を起こさないために使うことができなかったのでしょうか。
日露戦争の原因は、満洲および朝鮮半島へのロシア南下によって、日本の安全が脅かされたことであることが『露国ニ対スル宣戦ノ詔勅』に明らかにされています。
しかしそもそも、そうなる前に、ロシアの南下政策を防ぐための手立てが、果たして十分に講じられていたのでしょうか。
結果として、日露戦争による日本側の戦病傷者は24万人に及びます。
巨額の戦費、そして多数の犠牲を払うことを防ぐことが、本来の政治の役割ですし、そのためにこそ、政治には権力があります。
日露戦争を防ぐことができなかったことについて、いったい誰がどのように責任をとったのでしょうか。
開戦責任をとって、切腹した者が、誰かひとりでもいたのでしょうか。
日華事変も同じです。
義和団事変後にChina大陸にPKO部隊を派兵していたのは、米英仏蘭露独をはじめとした11カ国に及びます。
けれど、日本だけが狙われました。
なぜでしょうか。
理由は簡単です。日本が人道を好み、Chineseに対して非道な振る舞いをしなかったからです。
しかし、個人として人道を尽くすことと、国家が非道を放置したり容認したりすることとは、意味が違います。
日本人に対しては、何をしても日本人は暴力的にならない。
その一方で、日本人を標榜した朝鮮人が、China各地で日本という虎の威を借りて、好き放題の暴虐を行う。
そのことがChineseの怒りを買う。
そして尼港事件や通州事件に遭いながら、当時の日本国政府は、これを放置・容認しました。
こうなれば、むしろ侮られないほうが、不思議です。
思うに、日本がこうなった背景には、日本に馴染まない議会という存在があったのではないかと思っています。
議会は民主主義の最大の手段であるという思い込みをしている人が多いですが、現実問題として、たとえば米国のトランプ対ヒラリーの大統領選挙のように、片方が勝てば、もう片方の国民の意向は完全に無視されることになります。
さらに、日本の国会選挙のように、投票率が50%なら、勝った側が代表する国民の意見は、そのまた半分の25%です。
そして、その25%の世論によって議員となった人が、議会で与野党に別れて議決すれば、結局はそのまた半分の12.5%、つまり国民の1割の利得者のためだけの政治が行われることになります。
ひとりでも多くの民衆のために行われるのが政治です。
ところが議会はそうはなっていない。
しかも、議会自体は、議決は行うけれども、その議決の結果に対する責任は、議員の誰も負いません。
つまり、議会は、責任を課せられないところで議論をする機関ということになります。
それが果たして、民主主義なのでしょうか。
昨今の市長選挙などでは、投票率が20%程度の市町村が多くあります。
果たしてその中で選ばれた市町村長というのは、本当に民衆の代表者といえる存在なのでしょうか。
会社であれ組織であれ、国家であれ、およそ人の上に立つ者は、権限を持ちます。
別な言い方をすれば、それが権力です。
そして権力というものは、いかなる場合においても、責任とセットでなければならないものです。
では、戦前の、あるいは戦後の議会には、どのような責任があったのでしょうか。
民主主義は、「衆愚政治に陥りやすいという難点がある」ということを指摘する人がいます。
けれど、そもそも民衆にとって大切なことは、今日明日の糧であり、日々の健康であり、我が家族の小さな幸せです。
国家百年の大計だの、外交上、戦争をいかに回避するかなど、多くの民に共通する事柄について、深く洞察し、責任を取ることは、民衆の責任ではありません。
少々きつい言い方をするならば、民衆というものは、私自身も含めてそもそも愚かなものなのです。
そしてゼロは、何万個足してもゼロにしかならないように、考えていない人、責任のない人を何千万人集めて投票しても、そこに責任ある答えはないのです。
我が家のこれからをどうするか、同居している祖父母の介護をどうするのか、子供たちの学費をどうするのか。
そのことを、勉強が本分の子どもたちに考えろと言っても、無駄なことです。
責任がないのです。
そうしたことは、そのことに責任を持つ親がしっかりと考えて行かなければならないことです。
国もまた同じです。
多くの人々の集合体である国家の運営は、その運営や統治に責任のある者が行うべき事柄です。
失敗したら、間違えたら、腹を斬る。
そのくらいの覚悟は当然のことですし、そういう人でなければ、政治権力は与えるべきものではありません。
平安末期、堀河天皇→鳥羽天皇→崇徳天皇→近衛天皇→後白河天皇と5代の天皇に仕え、従一位・摂政・関白・太政大臣を歴任し、天皇の外戚ににもなった人物に藤原忠通がいます。
たいへん立派な人物であったと伝えられています。
けれど忠通は、保元の乱、平治の乱の責任を問われて、一切の身分を剥奪されたうえ、この世の一切の名聞冥利を奪われて、出家して法性寺別業で入道しています。
ちなみに、この世における一切の名聞冥利を剥奪された忠通は、出家先で身近に仕えていた五条(ごじょう)という女性のやさしさに触れ、はじめて人の愛を知り、人として生きることの素晴らしさを学びました。
ところがその五条には恋人がいました。
五条の密会を偶々目撃した忠通は、落胆し、愛さえも失って薨去しています。
忠通のように、この世のあらゆる名聞冥利を独占した人であっても、国を混乱に陥れれば、その責任は問われたのです。それが日本の社会です。
名君と呼ばれた上杉鷹山も、家老たちによって「主君押込め」にあって、藩政に対する反省を促されています。
地震、水害、台風、雷、大風、竜巻、津波、土砂災害など、自然災害の多い日本では、人の上に立つ者は、常に多くの庶民が豊かに安心して安全に暮らせることに責任をもって治世にあたらなければならなかったのです。
その責任を考えず、自身の名聞冥利にうつつを抜かせば、何年か、あるいは何十年かに一度の天災が、そんな名聞冥利を吹き飛ばしてしまったのです。
しかし翻って、いまの国政を見るに、蓮◯にしても、辻◯清美、福◯みずほ、あるいは総理になった鳩◯由紀夫、菅◯人、野◯佳彦、あるいは都知事だった舛◯要一など、特定団体や特定集団の利権の代表者であろうことは認めるけれど、果たして彼らに、責任の自覚があるのか極めて疑問です。
お隣の韓国では、大統領の側近だったチェ容疑者の娘が、ろくに高校も行かないのに、高校在学中から「私は◯◯大学に入れることになっているから」と公言してはばからなかったといいます。
お隣の韓国も、建前上は民主主義国家を標榜していますが、「権力」と「袖の下」次第で、いくらでも事実をでっちあげたり、都合よくできたりするのが、あたりまえのようにはびこる社会であることを、この事件は世界に示しました。
国家は、民衆の共同体です。
民衆の共同体であれば、より多くの民衆が、豊かに安心して安全に暮らせるようになることが、政治の使命であり責任です。
そのために政治には権力が与えられます。
けれど、それが「権力者のための政治」になれば、権力者が責任を問われることはありません。
戦前の日本が犯した間違い・・民度が高いのに戦争を防げなかったこと・・その理由の根幹は、無責任議会と、その無責任議会が構成した内閣にあったのではないか。
そのように思えるのです。
その議会や、議員制内閣が、では「なぜ、責任を問われない存在」となっているのか。
私は、それは議員という社会システムにあると思っています。
票を集めて、議員にさえなってしまえば、責任を問われないのです。
これはおかしな理屈です。
議員こそ、責任を問われるべき存在だからです。
なぜなら、権力と責任は常にセットだからです。
三権分立といいますが、裁判所にしても、議会にしても、内閣にしても、それは権力機構です。
権力機構であれば、民に対する責任が生じます。
責任があるなら、その責任を果たせなかったとき、当然、その責任を問われるべきです。
そしてそれは、命をもって贖われるべき責任です。
なぜなら、権力者は、民の命を預かっているからです。
政治家に責任ある政治を行ってもらうためには、制度そのものに欠陥があってはなりません。
この問題を、日本は、はるか古代において、民衆を天皇の「おほみたから」とする「シラス(知らす、Shirasu)」という制度をもって解決しました。
私たちは、日本が生んだ、古くて新しい日本の、権力と責任を両立させるという、素晴らしい制度である「シラス(知らす、Shirasu)」を、いまいちど、考え直し、社会に復活させるべきではないかと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。

↑ ↑
応援クリックありがとうございます。


ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
最初の一ヶ月間無料でご購読いただけます。
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓ ↓


