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大和言葉っておもしろいです。
アとかイとかの一音一音に意味があります。
その意味の組み合わせで言語ができているわけです。
だから、その音を「ノ」で組み合わせます。
「ノ」は、神代文字やヲシテなどでは「田」のような字になりますが、調和がとれてそれが定着した状態を表すのだそうです。
ですから「藤原定家」と書いて「ふじわら の ていか」と、昔は苗字と名前の間に「の」を入れて読んでいましたが、藤原家と定家が、ここで対等に調和し、定着しているわけです。
さらに「ノ」は、調和のとれた「野(の)」であったり、そこから広がりを持つ「伸(の)」へと変化したりしています。
「ウ」もおもしろいです。
「ウ」は、海(うみ)、宇宙(うちゅう)のように、広大無変なものを指します。
そんなところから、ウシハク、シラスなどを大和言葉で読みとくと、これがまた実におもしろくなります。
まず「ウシハク」です。
「ウ」広大な、
「シ」すべてを覆う光が
「ハ」異なるもの(対立するもの)に
「ク」上からまっすぐに降りてくる
つまり「ウシハク」は、強大な(ウ)すべてを覆う力(シ)が、対立する(ハ)民衆にまっすぐに降りてくる(ク)ことを意味すると解釈することができます。
身勝手な領主の都合で、民衆の側の都合などおかまいなしに、支配し収奪されるさまを表していることがわかります。
では「シラス」はどうでしょう。
「シ」受け止めた光を
「ラ」伝え広め
「ス」バランスをとってみんなで住む
つまり「シラス」は、全てを覆う天上界のご威光のもとに、みんなが協力し合いながら住むさまとわかります。
ちなみに、日月神示では、そういう世界のことを「ミロクの世」と表現しているそうですが、これまた実におもしろくて、「ミロク」は、
「ミ」見えない力を
「ロ」固定化し
「ク」恵みを得る
という意味になります。
ミは「見えない力」で、ですから見えないけれど聞くことができるのがミミです。
ロは「上から降りてきた力を固定化する」という意味で、クは、それを循環させます。
つまり神々のご意思を固定化し、報恩感謝して生きる様が「ミロク」です。
こうなると、実は「シラス」と「ミロク」は同じことを、上から見るか、下から見るかの違いで、実は同じことを言っていることがわかります。
現代の考古学者や歴史学者の多くは、東京裁判史観に基づき、西暦552年の仏教伝来までは、日本には文字がなく、それまでの日本は「オクレた原始時代」としていたいかのようです。
けれど西暦57年には、倭の奴国王が後漢に使いを送り、金印を受け取っているわけです。
印鑑というのは、文書に押すものです。
そして当時のChinaでは(清王朝までずっと同じ)、印は、象牙印、金印、銀印、銅印の種類の区別がありました。
象牙印は、宗主国であるChinaの皇帝だけが使える印鑑です。
これはいまだにChinaでは象牙を権威の象徴としていて、昨年も習キンピラ氏がわざわざアフリカに出かけて行って、禁猟とされている象牙を飛行機いっぱいに積み込んで持ち去りました。
今も昔も、全然変わらないのがChinaということです。
ちなみに日本では、現代においても天皇の玉璽は金印です。
象牙は用いません。
動物の命を犠牲にした印というのは、国印にふさわしくないと考えられているからです。
さて、Chinaの印に話を戻しますが、象牙印以外の印は、これはオリンピックのメダルと同じで、金銀銅の違いは、そのまま「格」の違いです。
ちなみに上下関係を重んじるChinaでは、この「格」の違いは絶対で、仮に格下の者に、格上の者がメンツを潰されたなら、上の者は下の者に対していかなる残虐な仕打ちを与えてもかまわないというのが、彼の国の流儀です。
それだけに「格」の違いには厳格で、金印というのは、日本以外では、古代のChinaの雲南省の東部からベトナム北部あたりにあった王国の「滇(てん)」、後漢王朝の初代皇帝の光武帝の子の広陵思王、倭国に与えた実績があるくらいで、他にはほとんど例がありません。
ちなみに朝鮮半島の歴代王朝に与えられた印は、すべて銅印です。
ついでに申し上げると、いまは韓国は独立国として国印は金印です。よかったですね。
また台湾は、国連では国家として認められていませんが、台湾の現政権は中華民国で、これは台湾の政権ではなくて、いまだにChina本土における正統な主権者を標榜している政権です。
ですから台湾の国璽は、象牙印です。
話が脱線しっぱなしになっていますが、要するに西暦57年に日本に金印が送られているということは、当時の日本ですでに文字が使われていたということの証です。
また、372年には、百済王から七支刀(『日本書紀』では七枝刀(ななつさやのたち))が寄贈されていますが、この刀には、はっきりと漢字で銘文が掘られています。つまり文字が使われていたわけです。
さらにいうならば、全国各地で、弥生時代の銅剣や銅矛、銅鐸などが発掘されていますが、その多くには様々な模様や絵柄が描かれています。
いま、解読不能な「ただの模様」とされているものの多くが、実は神代文字だと、ちゃんと読み取れてしまうといいます。
もっといえば、縄文土器の模様は、実は文字であったのかもしれません。
そして日本は、もともと大和言葉があったがゆえに、歴史時代になってからChinaの漢字を輸入したあとも、それら輸入漢字のひとつひとつに、大和言葉の訓読みをあてています。
このあたりは、もともと日本文化圏にあった朝鮮半島が、Chinaに擦り寄って日本語を否定し、取り入れた漢字をすべて音読みだけで用いるようになったのと、大きな違いです。
たとえば「幸」という漢字があります。
音読みなら、「コウ」です。
訓読みでは、「サチ」です。
漢字の「幸」は、もともと象形文字で、刑罰で、手枷や足枷をハメられた姿を表しています。
つまり、手枷、足枷で自由を奪われた囚人の姿なのですが、これがどうして幸せなことなのかというと、「殺されるよりはマシだから」です。
「報」は、「幸」に「卩(せつ)」に、「又」と書きますが、「幸」は足枷をハメられた人の姿、「卩」は、ひざまずいている人の姿、「又」は両手を縛られている姿です。
つまり、両手を縛られ、足には足枷をはめられ、跪(ひざまず)かされている姿が、「報(=むくい)」というわけです。
上司に対する報告は、実は恐ろしい刑罰が待っているのかも(笑)。
要するに漢字の成り立ちは、そのほぼすべてが、きわめて残酷なものの裏返しです。
これに対して大和言葉の「サチ(幸)」は何かといえば、「サ」は太陽の恵み、「チ」は豊穣です。
作物がたくさん稔って嬉しいから、サチです。
このような大和言葉の意味の研究というのは、今後、もっと盛んになって行っても良いのではないかと思います。
たぶん、今日の記事だけですと、すこしおわかりになりにくいかと思います。
明日、もういちど詳しく述べてみたいと思います。
※今日の記事には、ことまとかさんのブログ「まとかなる やまと」を参考にさせていただきました。
http://matocayamato.blog62.fc2.com/blog-entry-181.html

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