2015年未年

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 謹賀新年
 皇紀2675年。
 新春を寿ぎ、ご皇室の弥栄、ならびにみなさまのご健康とご多幸、そして皇国の発展をお祈り申し上げます。
毎年、元旦は干支(かんし)のことを書いています。
よく当たる字源のお話です。
干支(かんし)は、紀元前10世紀に滅んだ殷代のChinaで考案された年の数え方です。
「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」の十干(じゅっかん)と、
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」の十二支(じゅうにし)の二つの組み合わせでできています。
この2つを順番にひとつずつ組み合わせると、60通りの組み合わせができます。
60年で一回りして最初に戻るから、これが「還暦(かんれき)」です。
干支を使った歴史用語ですと、壬申の乱、戊辰戦争、壬午事変、甲申事変、乙未事変などがあります。
そこで今年も、干支から今年一年を占ってみたいと思います。


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1 平成24(2012)年 壬辰の年
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3年前は、衆院選の大勝利があり、安倍内閣が誕生した平成24(2012)年は「壬申(じんしん)」の年でした。
「壬(じん)」は、糸巻きの棒に、糸がどんどん巻き付いて行って膨らむという意味の字です。
どんどん膨らむので、「壬」に女偏をつけると妊娠の「妊」の字になります。
よいことが膨らむ年というわけです。
「辰(しん、たつ)」は、古代において農機具として用いられた大きな二枚貝の貝殻で、農機具である「辰」の上に、「曲」が乗ると「農」になります。
そこから壬辰の年(平成24年)は、「稔りのために新しいことが始まり、それが膨らんで行く年」となります。
なるほどこの年は、民主党野田内閣の失政から一転して年末には衆院選で保守派が大勝利し、安倍内閣が誕生しました。
私などはこれを天の岩戸が開かれた、などと当時書かせていただいたものでした。
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2 平成25(2013)年 癸巳の年
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昨年(平成25年)は、癸巳(みずのとみ、きし)の年でした。
「癸(き)」は、「癶」が、両足を左右に張った姿の象形文字で、その中に「天」があります。
いささか下品に思われるかもしれませんが、要するに両足を開いた間からしずくが滴っている姿の字で、これは天から降り注ぐ雨や霧をあらわします。
そして「已(い)」は「止む」という字です。
つまり、「癸巳(きし)」の年というのは、それまで長く降り続いた雨が止み、霧が晴れる年というわけです。
一昨年を振り返ってみますと、国会で保守派の質問としてはじめて、慰安婦問題や南京問題が議題にあがり、こうした海外からの非道な中傷宣伝工作に対して、対抗するための予算が、日本の憲政史上初めて、500億円という少額ながらつけられました。
そして、参院選においても、保守政党が大勝利となり、国家として秘密にしなければならない情報を保護する法律が成立の運びとなりました。
そして歳末には、念願の安倍総理靖国参拝が行われましたが、これに対するChinaやKorea、あるいはメディアの反発も、もはや世界中、誰の目から見ても、ただの異常な言いがかりであることが、天下に晒されたわけです。
まさに昨年は「癸巳」、雨が止んで、キリが晴れる年となりました。
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3 平成26(2014)年 「甲午の年」
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昨年は甲午の年でした。
「甲(こう)」は、「呻(うめく)」という字で、果実が成熟して固まって行くさまです。
「午(うま)」は、「正午」という字に明らかなように、午前と午後などの境目です。
果物は成熟したら、収穫します。
つまり、みずみずしく実った果物が、完熟状態になり、その果物が木に成っている状態から、こんどは収穫して人々のもとに届けられる、つまり状態が大きく変化するのが「甲午(こうご)の年」です。
ということは、流れを簡単に図式化すしてみると、
壬辰の年(2012)に、妊娠してお腹が膨らみ、
癸巳の年(2013)には、雨が上がって霧も晴れ、
今年、甲午の年(2014)には、赤ちゃんが産まれる(?!)となります。
つまり、これは「新しい日本の誕生」もしくは、「新しい日本の出発」を意味します。
ほんの数年前まで、ChinaやKoreaの真実は、語るだけで頭のおかしい人と思われました。
韓流ドラマが全盛となり、かつての日本は遅れた国であり、ChinaやKoreaから文明文化のおすそ分けをもらって、ようやく文化が花開いたような印象操作が行われていました。
けれどいまでは嘘つき韓国、デタラメChinaは、日本の常識となりつつあります。
もはやいまどきの日本で中韓が信頼できるパートナーの国と思う人など、ほとんどいない状況に至りました。
まさに「状態が大きく変化」したのです。
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4 平成27(2015)年 「乙未の年」
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「乙未の年」は、これで「いつびのとし」、「きのとひつじのとし」と読みます。
「乙」は、完全に完璧に成長する一歩手前の状態を表す字で、乙に女で乙女(をとめ)、乙に姫で「乙姫」となります。ちなみに「乙」は、大和言葉では「きのと」で、これは「木(き)の弟(と)」です。
「未」は、梢の若芽の象形で、和語では「いまだ」です。
要するに「乙未の年」は、ひとことで言うなら、若芽が芽吹く年ということになります。
歳末の選挙で、本当に日本を良くしたいとするメンバーの集まりであった次世代の党が大敗しましたが、その一方で、自公連立政権が圧倒的多数議席を保持し、衆参ともにいわば単独体制ができあがったという側面を持ちました。
そしてそれは、旧暦でいうと「甲午の年の10月23日」の出来事でした。
上に述べましたように、甲午の年は、ひとつの稔りを象徴しますから、これが戦後政治のいわば完了形ということができます。
自公連立政権が圧倒的多数の議席を取って、現行の体制のもとでの戦後政治の総決算ができる体制が整ったのです。
ところがその一方で、真正保守政党である次世代の党が壊滅的打撃を蒙りました。
このことも、見方によっては、戦後政治もしくは戦後体制の中にあって、真正保守が何か巨大な圧力によって潰されてきたことの象徴としての出来事であったようにもみることができます。
ところが、今日から始まる乙未の年(旧暦では2月19日が元旦)は、それまでとはまったく違った新しい芽が芽吹く年となっています。
ということは、真正保守が大きく躍進していくのは、今年がひとつの若芽の芽吹きとなるということです。
元旦に翌年のことまで書いてしまうと鬼が笑いそうですが、来年、つまり2016年は丙申の年(ひのえさるのとし)です。
「丙」は、しっかりとした台座、そして「申」は棒に糸が巻き付いて太くなるさまを表します。
つまり、今年の「乙未の年」に、戦後体制や戦後思想とはまったく異なる新たな息吹が芽生え、それが翌年には、しっかりとした台座の上で大きく膨らむことを意味します。
いよいよ日本が日本に還るときがやってくるのです。
そして今年は、その準備の年となります。
「日本を取り戻す」
過日の選挙では、それは単に「景気を取り戻す」という意味でした。
けれど、景気は、人々が織りなすお金の動きです。
そしてお金の動きは、人々の信頼がなければ動き用がなくなります。
戦後の高度成長を実現できた日本が、なぜ平成になってから、改革をすればするほど、景気が後退したのかといえば、肝心の日本人が、君民一体の共同体としての意識を失い、国民の紐帯がバラバラになっていったからです。
その意味では、「日本を取り戻す」とは、日本人が日本人としての自覚と誇りを取り戻すという作業が、まず根底になければ、日本は永遠に取り戻せない。
このことは、平成以降の不況を見れば明らかです。
そうであるなら、優先すべきは日本人が日本人であることの自覚と誇りを取り戻すこと。
そしてその日本人としての自覚と誇りは、どこに求められるかといえば、日本の歴史です。
ねずブロでは、一貫して「取り戻すべき日本のカタチはどういうカタチをしているのか」をテーマにして日々書き続けていますが、いささか個人的なことを書かせていただきますと、一昨年は癸巳の年(きしのとし)で、「長く降り続いた雨が止んで霧が晴れる年」でした。
その年に、まさに小野小町や額田王の和歌を通じて、これまでの解釈のデタラメさに気付かされた年でもありました。
昨年は甲午の年(こうごのとし)で、収穫の年でした。お正月に百人一首の歌の数々があまりにも貶められていることに気づき、昨年は一年を通じて、百人一首の解析をあらためて行わせていただきました。
そして今年は「乙未の年」で、若芽が芽吹く年です。
今年の3月には、研究成果である百人一首の本が出ます。
この本を通じて、百人一首に描かれた、本来の日本にある「天皇の存在のありがたさ」、「日本が目指したシラス国」、「察する文化としての明察功過」を、これまでの保守の方々だけでなく、新たな層に、あらためて開拓し、拡散していこうと思います。
そしてそれが出来る年こそ、まさに「乙未の年」であると思います。
新年明けましておめでとうございます。
みなさまにとっても、どうか今年が良い年でありますように。
真の日本を取り戻していきましょう!!


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