
私は小学生の頃を浜松で過ごしたのですが、当時の小学校に「のびゆく浜松」という教科書の副読本がありました。
内容は、「遺跡や遺物から知る大昔のくらし」や「人物や史跡が語る武士の時代郷土の歴史」などで、中学生バージョンもあります。
つらつら思うに、いま思い返してみると、これが自分の人生にものすごく役に立っているように思います。
たしかこの副読本を利用した授業はなかったように思うのですが、新学年になって、真新しい教科書をもらったとき、この「のびゆく浜松」を読むのがすごく楽しみで、いまでも当時のこの本の表紙やページを、記憶の中で鮮明に思い出すことができます。
そういえば、明治にはいって学制がひかれる前の江戸時代の寺子屋では、低学年のうちは、いろはなどの習字や算数、礼儀作法だったそうですが、その後、いまでいう小学校の中・高学年になると、かならず行われた授業が、「名頭(ながしら)」と、「方角」であったそうです。
「名頭」というのは、いろいろな名字から、その名字の家のいわれや、故事、歴史などを学ぶものです。
たとえば徳川系の地元なら、榊原とか大久保といった姓を通じて、関ヶ原の頃に活躍した榊原康政や、幕府草創期の大久保彦左衛門といった人物を通じて、地元の偉人の歴史を学ぶ。
「方角」は、周囲の町名や、市区郡名を使って、方位や地理、そして各地の沿革や歴史などを習ったのだそうです。
こうした「名頭」や「方角」の授業が、結局なんのために行われたかといえば、郷土に対する愛を育むためです。
郷土に対する愛というのは、その土地にある全に対する愛に通じます。
土地の由来や歴史だけでなく、いま住む人、友達や仲間たち、あるいはご近所や家族への愛にもこれは通じて行くように思います。
そして愛は、思いやりの心でもあります。
その心がアイデンティティ(identity)です。
アイデンティティは、米国の心理学者のエリック・エリクソン(Erik H.Erikson 1902-1994)が提唱した理論ですが、彼は、「青年期までにアイデンティティが正常に獲得されないと、自分のやるべき事が分からないまま日々を過ごしたり、時に熱狂的なイデオロギー(カルト宗教や非行など)に傾いてしまう」と述べています。
教科書そのものは、たとえば歴史の教科書ならば歴史の教科書で、日本全体の歴史が書かれたものになります。
従って、地域毎には、地元の歴史や偉人たちを紹介した教科書の副読本が必要になります。
そして思うに、できればそうした副読本を利用した授業というものも、やはり絶対に必要なのではないかと思います。
昨今では、勉強は「いい中学、いい高校、いい大学」にはいるためのものであって、受験に必要のない授業は、多くの場合、無視され軽視されます。
けれど、大人になって必要なことは、マニアックな試験問題に上手に速く解答することではなく、むしろ「答えのない問題に、仲間たちと一緒に答えを築いて行く」という姿勢です。
そしてそのためには、仲間たちや取引先、あるいは自社に対する愛情や思いやりがとても大切です。
とりわけ国際化社会において、日本人としてのアイデンティティを正しく身に付けていないと、いくら語学が堪能であっても、世界の人々から相手にされないし、無理矢理相手にされるように仕向ければ、国益を誤り、国を売るような馬鹿者になってしまう。
いまの日本で、高学歴で頭の良かった大人ほど、ものの役に立たない理由がここにあるのかもしれません。
軍神と呼ばれた広瀬武夫中佐は、ペテルブルグで帝政ロシアの貴族の娘アリアズナと恋におちいるのですが、面白い逸話があります。
ある日、アリアズナが広瀬中佐のアパートを訪れたのです。
すると中佐が軍艦の断面図を開いて、熱心にメモをとっていました。
そこには「戦艦アサヒ」とロシア語で書かれています。
見つめるアリアズナに、広瀬中佐は説明するんですね。
「アサヒというのは、朝のぼる時の太陽のことです。朝の太陽のように清らかで、若々しく、力づよいという心をこめているのですね。
私は去年4月にイギリスで完成したばかりのこの船に乗りました。
おそらく世界で一番新式な一番大きな軍艦でしょう。
私の国はこういう艦を6隻も持っているのです。」
広瀬中佐は、アリアズナに、アサヒ、ヤシマ、シキシマ、ハツセ、フジ、ミカサ、それぞれの艦の名前を紹介し、その意味を説明します。
「美しい名前でしょう。日本は美しい国だから、日本人はみな美しいものを愛しています。
どんなに堅牢な新式の大軍艦にも、われわれは日本人の連想をかぎりなく刺激する詩のように美しいひびきをもった名前をあたえるのです。
たとえば、アサギリ、ユウギリ、ハルサメ、ムラサメ、シノノメ・・・
力は強い。
しかし心はやさしい。
姿はうつくしい。
これが我々日本人の理想なんですね。」
そう言って嬉しそうに眼を輝かせる広瀬中佐に、アリアズナは心を打たれます。
一筋の祖国愛、そして国民の魂を信じる男の信念の姿。
「この人の語る言葉は、この人の行う行為は、この人の祖国の上に根を据えている。信念の人だわ。信念をもっているから強いのよ。」
それが、恋する女性の直観だったそうです。
広瀬中佐は、海軍軍人ですから、軍船に対する知識は当然のことです。
けれど、その広瀬中佐とアリアズナとつないだものは、そうした中佐の軍事的知識ではなくて、中佐の「愛する心」や「信じる心」であったのだろうと思います。
郷土の話から少し脱線してしまいましたが、そういう、眼を輝かしながら、「どんなに堅牢な新式の大軍艦にも、われわれは日本人の連想をかぎりなく刺激する詩のように美しいひびきをもった名前をあたえる」と述べるその感情の部分が、人の心を動かすのだろうと思うのです。
同じことは、郷土の町名にもいえます。
何町という名前であると知っているだけでは、そこに何の感動もありません。
その町でかつて何があったのか、そしてどうしてそういう町名になったのか。
たとえば曹右衛門新田とかという名前とか、あるいは巨摩郡などという名前は、昔、その地をみんなで苦労して新田に切り拓いた歴史や、あるいは良い馬を放牧していたというような歴史や由緒がたいていの場合、あるものです。
そういう歴史を通じて育まれる愛が、感動を呼ぶし、感動は連鎖を呼び、人々の集合体を形成するのだと思います。
昨今、古くからある町名などを「中央何丁目」とか「栄町何丁目」などと変更する市町村が増えています。
私には、こうした古くからある名前を捨てて、無機質な町名に変更していくなどということは、おそらくそれを推進しようとする人たちは、郷土に対する愛情が少年期にちゃんと育まれなかった憐れな人たちなのだろうと思えてしまいます。
古くからの町名の由来さえも知らない、知ろうとしない。
それは郷土に対する傲慢です。
日本全国どこの土地でも、かならずその郷土のために身を粉にして働いた偉人がいます。
そういう偉人を学ぶこと。
それは郷土の人としての誇りを育みます。
そういう、昔でいうなら名頭や方角といった授業に相当するような、人としての愛を育み、アイデンティティを育成するための地域教育というものが、いまの日本にはとても必要なものなのではないかと思います。
そういうことがちゃんと行われる学校教育、そういうことをちゃんと推進できる市町村の教育体制というものを、是非、実現していきたいと思うし、できれば、学校教育のカリキュラムの中に組み込んで行っていただきたいものだと強く思います。
すくなくとも、しなくてもいいような卑猥な性教育などをする時間があったら、そうした郷土教育のために時間を割いた方が、よほど建設的だと思います。
【のびゆく浜松】
小学校編
中学校編
※ 広瀬中佐とアリアズナの恋物語は国際日本人養成講座の文より抜粋させていただきました。

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