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弟橘姫の入水
弟橘姫の入水

先日「日本主義」について書きました。
「保守主義と日本主義」の記事です。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1646.html
その中で、戦後というきわめて特殊な時代における保守が、本来の保守とはかけ離れた「戦後保守」というきわめて特殊な「反対保守」になっていた、ということを書かせていただきました。
それは西欧的保守主義にある「剣をもって戦う!」ということが徒に強調された結果、戦後保守が、反共、反左翼、あるいは反米といった「反対思考」にやや傾斜しすぎていた、という点への反省です。


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■プロローグ
http://youtu.be/hF2sLY1gDRw
■第1回 君が代のお話
http://youtu.be/7xzVE955VIQ
■第2回 日の丸のお話
http://youtu.be/tZGCTU--wOo
■第3回 3万年前の磨製石器が日本で発見されたということは
http://youtu.be/dcjfKdsHsN8

第4回「何のために歴史を学ぶのか」

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「反対する」ということは、それに変わる「護るべきもの」があるということです。
「護るべきもの」があるから「反対」する。
その保守が「護るべきもの」が、ひとことで言うなら、「日本主義」とでも呼ぶべきものではないかという主張です。
では、その日本主義とは何か。
今日はその点について、書かせていただきたいと思います。
みなさんは、「ひょっこりひょうたん島」をご存知でしょうか。
そのひょうたん島のテーマソングに、次のような歌詞がありました。
〜〜〜〜〜〜〜〜
ひょうたん島は どこへ行く
ぼくらを乗せて どこへ行く
丸い地球の 水平線に
何かがきっと 待っている
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど ぼくらは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃお!
進め
ひょっこりひょうたん島

〜〜〜〜〜〜〜
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど ぼくらは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃお!

これこそが日本主義の原点なのではないか。
私はそのように思っています。
日本人は、西欧的保守のような神の楽園であるエデンの園や、共産主義思想にある人類の理想の地であるユートピアのような思想を持ちません。
そのような、あるかないかわからない世界を希求すること自体を、古来日本人は、非現実的とみなしてきました。
では、日本人は何を理想とし、何をもって未来を切り拓こうとしているのか。
それが、
〜〜〜〜〜〜〜
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど ぼくらは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃお!
〜〜〜〜〜〜〜
だと思うのです。
日本神話は、日本の古い時代の神々の物語です。
そしてその神話にあるお話は、たとえば因幡の白ウサギが、ワニに嘘をついたから皮を剥がれた、ということが大事なのではなくて、そういう経験を経て「成長すること」が大事だと教えてくれているように思うのです。
そして、苦しいこと、辛いことがあっても、なお、くじけずに強く、笑って生きて行く。
それが日本神話が日本人に与えてくれた日本の心なのではないかと思うのです。
そしてさらに、その「強く」ということには、ただ腕力が強いとか、喧嘩に強いとか、相手を倒せる力があるとか、負けない力というのではなくて、優しい庇護の気遣いに対する感謝の気持ちに裏付けられたときに産まれる強さということを意味するというのも、実に日本的な思考であると思います。
そのことについては、皇后陛下がそのご講演の中で「愛と犠牲」という切り口から、ヤマトタケルと弟橘姫の物語をひいてご説明なさっています。
どういうことかというと、ヤマトタケルは、休む間もなく遠征にでかけるのですが、途中、海が荒れて、船が転覆しそうになる。
そのとき、付き添っていた后の弟橘姫は、自らの身を海に投げて海神のいかりを鎮めるのです。
愛のために身を捧げる。
そのことは、愛と犠牲が不可分にして一体のものであるということを象徴しています。
ですから私達日本人が、武を用いたり、戦ったりするときというのは、古来、欲望や権力のためではありません。
ときの権力者が、まさに欲望や権力のために戦おうとするなら、はっきりいって誰もついていかない。
それが日本という国です。
つまり、日本人が戦うのは、常に愛のためであり、愛のために自らの命を犠牲にすることさえ厭わない。
それが日本人の思考と行動の根底をなしている、ということです。
では、その「愛」は、何に対する愛なのか。
それも問題です。
愛には、お金や財産への愛もあれば、男女の愛、友人への愛、故郷への愛、仕事への愛など、様々なものがあります。
その愛の、もっとも大きく、普遍性をもった愛が、民衆への愛、すなわち「公」です。
そしてその「民衆への限りない愛」の象徴が、日本では「公」のなかの「公」、すなわち天皇です。
ですから天皇に忠義を尽くすこと、陛下の愛に応えることが、日本人にとって最大至上の愛ということになります。
従って日本主義というのは、陛下の愛に応え、苦しいことも悲しいこともくじけずに乗り越えて、笑って前に進むこと。成長すること。進んで身を捧げる主義、ということになります。
いま日本は、まさに特ア在日の反日主義によって、日本そのものを乗っ取られようとしています。
日本開闢以来の大危機に日本はあります。
嵐の前に、弟橘姫は、愛のために身を捧げました。
女性の弟橘姫でさえ、愛のために身を捧げたのです。
私達はいまこそ、幕末の志士たちの心を取り戻し、尊王攘夷の旗を掲げるときがきた。
私はそのように思っております。
泣くのは嫌だ、笑っちゃお。
この↓写真↓の笑顔が日本の心です。
この笑顔を見てほしい

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