
李明博の一連の発言に、多くの日本人がまさに怒髪天だと思います。
かくいう私もそのひとりです。
個人で勝手にファンタジーに浸っている分には、何を言おうと勝手ということも間違っています。
人には言っていいことと悪いことがある。
そのケジメもつかないような者は、そもそも国民を代表する資格すらない。
ただ、ひとつ思うことがあります。
多くの日本人は、今回の李明博の陛下を侮辱する発言に、怒り心頭だと思うし、中には殺してやりたいくらいに思う方も多いのではと思います。
けれど、その「殺したい」という思いは、李明博だけに向けられ、李明博の家族や兄弟、親戚、使用人、支持者にいたるまで全員に酷い暴行や輪姦陵辱したうえで、全員を殺害しようなどとは、日本人であればおそらく誰も考えもつかないことでしょう。
ところがChinaやKoreaでは、むしろ一族郎党に至るまで皆殺しにする、というのが「常識」であり、対象者だけを殺害するということの方が、むしろアホのすることと考えられています。
なぜなら一族郎党根絶やしにしなければ、殺害されたことに恨みを抱いた身内が、あとになって復讐にくるからです。
そして復讐の方が、施政者にとっては痛い。
近い例では張作霖があります。
張作霖は、もともと匪賊(ひぞく・盗賊集団)の頭です。
勢力を伸ばして軍閥となり、ついには、満洲国に軍事独裁政権を打ち立てました。
昭和4年、全満洲の歳入は、1億2千万元でしたが、そのうち9千500万元を、張作霖は自己の利益と自己の軍のために遣っています。
なんと歳入の8割を私的に横領したのです。
しかもそうして貯えた自軍の矛先は、なんと自国に住む民衆でした。
満州は、せっかく清王朝が父祖の地に帰り、日本の協力で農業と輸出産業が伸びて都市インフラも進んで、誰もが豊かに生活できるようになったと思ったら、その富を横から出てきた漢民族の張作霖が、まるごと横取りしてしまったのです。
張作霖が、実質的な満洲の支配者となって行った政策の、一端が、次に示すものです。
1 財産家の誘拐、処刑
2 過酷な課税
なんと5年先の税金まで徴収しています。
農作物や家畜にまで課税し、
収税の名目はなんと130種類にもなりました。
3 通貨の乱発
各省が勝手に紙幣を乱発しました。
当然満州の通貨は大暴落してしまいました。
4 請負徴収制度
税吏は、税額を超えて集金した分は、
奨励金として自分の収入になりました。
要するに張作霖は、満州国を勝手に私物化したのです。
そして自身は老虎庁と呼ばれる大豪邸に住み、贅沢の限りを尽くしています。
多くの民衆が怒るのはあたりまえです。
そんな折に起こったのが、張作霖の爆殺です。
この張作霖爆殺は、長く日本の河本大佐の仕業と言われ続けました。
けれど、公開された旧ソ連の外交文書には、ソ連の陰謀であったと明記されています。
ただ、実際にソ連の陰謀であったとしても、実にソ連は日本人をよく研究していたと思うのです。
なぜかというと、張作霖は満州で農業や事業を営む日本人から蛇蝎の如く嫌われていたし、もし日本人が張作霖を殺害するなら、それは張作霖だけを殺害するという結果になっていたであろうことは、容易に想像がつくからです。
日本人は、余計な殺生を嫌う民族だからです。
張作霖が爆死したとき、満洲の一般市民は、拍手喝采して大喜びしました。
当然です。むごい税金の取り立てで、国内を泥沼のような混乱に陥れたのですから、その張本人がいなくなれば、そりゃあ、みんな喜びます。
けれど、禍根が残りました。
息子の張学良です。
張学良は、親父が殺されると、親父の莫大な遺産を持って上海に逃れました。
そして上海にいる外国人記者などに法外な金をバラまき、満州で漢人たちが起こした数々の悲惨な殺生事件を、ことごとく日本人の犯行であるかのように仕立てた記事を、世界に配信させたのです。
そしてChina国民党の蒋介石が、毛沢東率いるChina共産党の八路軍を追いつめ、いよいよ毛沢東に王手をかけたところで、ごくわずかな手勢を率いて蒋介石を拉致し、蒋介石の妻や愛人まで拉致したうえで、蒋介石に日本を標的とすることを約束させています。
このときまで、蒋介石にとっての敵は、あくまでChina国内にいる共産党でした。
Chinaを統一して新国家「中華民国」を建国しようとする蒋介石にとって、まず必要なことはChinaにおける統一政府の実現であり、日本はむしろそのためのよきパートナーであったのです。
ところが張学良の陰謀によって、共産党の主張する抗日戦線(その意図は、蒋介石率いる国民党と日本を対峙させ、両方を疲弊させる)に参画することを約束させられた蒋介石は、この日を境に反日に転じます。
そしてChina共産党への戦いを停止し、その兵力の矛先を、まるごと日本に向けたのです。
China事変はこうしてはじまりました。
結果日本は、210万の陸軍兵力を持つChina国民党に対し、全兵力を合わせてもたった25万しかいない戦力で、しかもChina国民党の支配地であるChina大陸内での戦いを開始することを余儀なくさせられたのです。
210万に対して、たった25万です。
日本がChina事変を、あくまで事変として戦争にまで発展させたくなかった意図もここにあります。
なぜなら、戦いは辛く、苦しいものとなることは容易に想像がついたからです。
日本はやむなく国民党と干戈を交えました。
そして連戦連勝し、国民党をChina奥地の重慶にまで追いつめました。
けれど、それは常に自軍に十倍する、完全武装した敵と、常に対峙しなければならないという、世界の戦史で考えられないほどのたいへんな戦いだったのです。
これをなし得たのは、ひとえに日本軍の戦士達の責任感の強さです。
逆にいえば、日本がもし、悪辣な張作霖を早い段階で殺害していれば、あるいは張作霖が爆死したときに、それこそChinaKoreaまがいに、張学良までまとめて殺害していれば、日本はそこまで追いつめられることはなかったし、日本人の将兵が死ぬこともなかったし、もしかすると大東亜戦争の開戦すらなかったかもしれないのです。
この「かもしれない」と書くと「歴史にIFは禁物」という言葉が返ってきそうですが、その「歴史にIFは禁物」という言葉自体が、戦後左翼のバラまいた虚飾です。
歴史は、過去を学び、それを現代に活かし、未来を築くために学ぶものです。
ならば、「もしあのときこうしていたら、その後の歴史はどのようになっていたであろうか」とあれこれ想像してみるところに、歴史を学ぶ意義があることになります。
あたりまえのことです。
いま、李明博の不適切な言動が、日韓関係を抜き差しならないところまで悪化させています。
けれど、ではなぜ李明博がそこまで日本を侮辱しようとするのかといえば、それは韓国が李承晩という反日主義者の思想を出発点とする国であるからです。
彼の思想は、「五百年続いた李氏Koreaの時代は、まるで東洋の理想国家といえる華やかで雅で素晴らしいものであった。これを破壊し略奪の限りを尽くして韓国を貧国に追いやったのは日本であり、その日本の支配を打ち破って建国されたのが大韓民国(韓国)、すなわち私(李承晩)なのだ」というものです。
それがいかに荒唐無稽なファンタジーであるかは、史実をみれば誰もが一目瞭然なのだけれど、そんな虚構を「史実」であると教育されて育った戦後世代の韓国人にとっては、これこそが民族のアイデンティティとなっています。
呆れたことに、最近の韓国の国史(歴史)教科書では、宇宙の起源は韓国にあり、世界の古代文明は四大文明ではなく、これに韓国文明を加えた五大文明であったのだそうです。
なにせこれはテストに出る問題です。
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さて、敵対すれば一族郎党全員を殺害しようとする韓国人Chineseなどに対して、日本人はどうなのでしょうか。
日本人は、古来、人が人を殺すということを「穢れ」として忌み嫌ってきました。
そんなことはない。戦国時代があったではないかという人がいるかもしれません。
けれど、その戦国時代においてすら、罪を憎んで人を憎まずだったの日本人です。
戦いが済めば、敵味方とも遺体を丁寧に埋葬し、両軍の兵士をしっかりと弔っています。
戦いの理由も、その多くは戦のない国をつくるため、民の安全を図るためです。
単純に領土的野心のために兵を起こし、庶民まで虐殺するという歴史は、日本にはありません。
また十一世紀最大の暴君とまでいわれる平清盛でさえ、女性たちの献言をいれ、源氏の嫡子たちを殺害せず流刑にしています。
このため後年頼朝や義経が挙兵して平家は倒されますが、熾烈を極めたとされる平家の落人狩りにしても、ウワサだけは熾烈を極めたものの、実体はそれほどまでの追跡はされず、ために現代社会においてまで平家の家系に連なるという家はたくさんあります。
縄文時代は日本で約1万7000年というとほうもない長い期間続いた文化文明ですが、全国に数万カ所ある縄文時代の遺跡から、すでに数百万点の遺物が発掘されているけれど、いまだに対人用の武器は見つかっていません。
これはつまり、日本人は縄文の昔から、戦うことよりも作ること、殺すことよりも和して協力することを選択し続けてきた民族である、ということです。
武家は刀を大切なもの、自己の命としましたが、戦いのためなら刀よりも槍や長刀のほうが、柄が長い分だけはるかに有利です。
にもかかわらず武士が刀を魂として大切にしたのは、その刀が、いざというときに相手ではなく、自分の命を奪うものだからです。
ですから逆にいえば、日本人が武器を手にして「戦う」というときというのは、よほど追いつめられたとき以外にはありません。
我慢して我慢して我慢しぬいて、どうしようもなくなったとき、初めて剣を抜く。
その「我慢」という自己との戦いが、日本人にとっての究極の戦いです。
このブログで、通州事件の悲惨さを伝える記事を何度かアップさせていただいていますが、そうした史実を目の前に突きつけられてさえ、「だから復讐しよう」などとは誰も考えず、むしろ、二度とそうした悲惨さに遭わないために、我々はこれからどうしたら良いのだ、という、むしろ建設的なものの考え方を自然としてしまう。
それが日本人です。
これは、もうDNAレベルで日本人に沁み着いた日本人の特徴としか言いようがありません。
ただ、私は思うのです。
だからといって、過去を反省しないというのは、それはそれで異常なことなのではないか。
事案が小さいうちに、ちゃんと処理しておかなければ、悪辣な人間は、結局は悪辣な思考、行動しかできないのです。
張作霖しかり、張学良しかり、です。
そして昨日の記事にも書きましたが、蛮族は蛮族でしかないのです。
彼らは自己の都合のためには、平気で人を殺し、血筋まで根絶やしにする。
そのことは、チベット、ウイグル、旧満州がなにより証明しています。
そしてまた歪んだ歴史観、歪んだ価値観のためには、学校の教科書まで捏造をほどこし、あげくのはてが、世界五大文明まで言い出す。
そしてどこまでも、平和と協調を目指される陛下に対して侮辱発言を繰り返す。
要するに、背広を着、ネクタイをしめ、どこぞのいい大学を出ていたとしても、野蛮人は野蛮人でしかないということです。
その野蛮人の子供が、我がままいっぱいに育てられ、武器や財力、権力を手にしたら何が起こるか。
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いったい何を教えているんだか

悪ガキは、しっかりと躾けなければならないのです。
大人の怖さを教えなければならないのです。
みなさん、
野蛮人と人間の違いは、何ですか?
人としてのルールを守れるか否かではありませんか?
ならば、人としてのルールを守れない者、人種、民族は、野蛮人です。
野蛮人は、檻に入れなければならないし、隣に野蛮人の生息する地域があるなら、必要な警戒を国家としても個人としても行わなければならないのではないでしょうか。
そして野蛮人が、国内にはいりこんでいるのなら、見つけ出して排除するか、徹底して教育して人としてのルールを叩き込まなければならないのではないでしょうか。
それが逆に人が未開の野蛮人のルールに染まってどうするのでしょうか。
シロアリは、見つけたらすぐに退治する。
あたりまえです。
そうしなければ、家が倒れてしまうのです。

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