
昇一塾6月1日号の渡部昇一上智大名誉教授の論考です。
たいへんわかりやすく書かれた正論です。
脱原発によって、誰が得をし、誰が損をするのか、もういちどよく考えたいと思います。
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★冷静になれば、国賊的策謀が見えてくる★
頭を冷やして冷静に、という。
日本人にとって、いまがまさにその時である。
いま、日本人はよくよく頭を冷やして冷静にならなければならない。
いま、ここで冷静にならなければ、国家100年の大計を誤るどころではない。
日本国家の存立さえあやしくなる。
脱原発の方向に拍車がかかっている。
定期検査で運転を停(と)めた原発の再稼働に次々待ったがかかり、現在、原発による発電量はゼロの状態になっている。
一方、国内電力をどうするかを議論する経済産業省の審議会(総合資源エネルギー調査会基本問題委員会)では、
(1)原発を直ちにゼロにする
(2)40年間運転した原発から次々に廃炉にする
(3)脱原発を進め、原発発電を20~25%に止(とど)める
(4)あらかじめ原発の割合を決めない
この4案を選択肢として審議するという。
実は最初、この選択肢にはもう1案が含まれていた。
(5)原発を推進し、35%の原発発電を維持する、である。
だが、この(5)案は審議に入る前に選択肢から取り除かれた。
この事実を見ても審議がどの方向に向かうかは明らかである。
ここで冷静にならなければならない。
電力エネルギーでは明々白々、実にはっきりしていることがある。
それは、原発に代わるものは火力発電しかない、ということである。
再生可能エネルギーとやらの美名で、太陽光や風力、地熱などの発電がしきりにいわれている。
太陽光発電で10数戸の家庭の電力を賄う。風力発電で遊園地の電動遊具を動かす。こんなことならできるだろう。
だが、そういっては申し訳ないが、所詮(しょせん)はお遊びに毛が生えた程度、大工業国である日本という国全体が必要とするエネルギーを賄うとなると、まったくお話にならない。
原発発電がゼロになっても、これからの節電が云々(うんぬん)されてはいるが、いま直ちに家庭や工場が電力不足で困難に陥っているという状態ではない。
それは全国の火力発電所がフル稼働しているからに他ならない。
原発ができて要らなくなり停止していた火力発電所も、修理して現役に復帰させている。
しかし、火力発電所はただでは動かない。
石油や天然ガスが必要である。
だが、これらは国内では産出しない。
輸入しなければならない。
そのためになんと、年間3兆円もの莫大(ばくだい)な金が費消されているのである。
国家の防衛費に匹敵する額である。
これは原発が通常通り稼働していれば、使わなくていい金である。
まったくの無駄金という他はない。
冷静にならなければならない、というのはこのことである。
いま、定期検査で運転を停止した原発の再稼働にいろいろとイチャモンをつけているために、3兆円もの金が無駄に空(むな)しく消えてしまっていることを知らなければならない。
しかも、これだけでは終わらない。
当然ながら世界の天然ガスは値上がりの方向に向かっている。
それに円安などが加わったらどうなるのか。
無駄金が5兆円、10兆円とふくらむのは容易である。
いま、野田内閣は消費税増税に躍起になっている。
だが、原発を再開しさえすれば無駄金はなくなり、増税などまったく必要がないどころか、お釣りがくるというものである。
それだけではない。
脱原発となれば、国の根幹が揺らいでくることを知らなければならない。
日本の原子力発電技術の優秀さは世界が認めているところである。
福島第一原発の事故にもかかわらず、世界から原発の引き合いが絶えないのはその現れである。
これは原子力の研究者、技術者が優秀で、その層が厚いからに他ならない。
だが、脱原発となったら、どうなるのか。
原子力関係者の希望は失われる。世界から研究者、技術者の引き抜きが殺到するだろう。
また、原子力の世界を目指そうという若い人材も急速に減るだろう。
日本の原子力の研究、技術開発とその錬磨と技術継承はガランドウになるだろう。
そこを狙って、日本に取って代わろうとする国がある。
韓国であり中国である。
韓国などは原発の輸出を目標に掲げ、その意志をはっきりと表明しているほどだ。日本の国際的位置と立場は大きく下落する。国家の存立に関わってくる、というのはこのことである。
それでも、原発事故は福島に大きな被害をもたらした、被害の大きさを考えれば脱原発は当然、あるいは仕方がない、と考える人がいるなら、そういう人こそ頭を冷やしていただきたい。
福島の被害という。
では、原発事故で死亡者は何人出たのか。
ゼロである。
放射能を被曝(ひばく)して体調を崩したり入院したりした人が何人いるのか。
そんな話は聞いたことがない。
政府は原発から20キロ圏、30キロ圏を設定して住民を強制的に立ち退(の)かせ、移住させた。
そのために亡くなられたお年寄りや病人がいる。
そして強制移住させられた住民の多くは生活基盤を失い、苦しい生活を強いられることになった。
これは大変な被害である。
では、これは原発事故による被害なのか。
そうではない。
政府の対策による被害なのである。
福島の被害といわれるものは原発事故の直接被害ではなく、政府の対策被害であることをはっきり認識しなければならない。
原発事故の直接被害は、全電源を喪失して原子炉の冷却に海水を使い、4基の原子炉を廃炉にしなければならなかったことだろう。
だが、これは国や国民の被害ではなく、東電の被害である。
たとえば、除染という。
事実、巨大な費用を投じて何か所かで除染が行われた。
では、原爆が投下された広島・長崎で除染が行われたかといえば、まったくそんなことはない。
原爆の直撃で大量の放射能を浴び亡くなった人がたくさんいる。
だが、幸運にも被曝線量が少なくて生き残った人も多いし、被爆後に現地に入った人も大勢いる。
そういう人々は除染されない地域で過ごしながらその後健康に生活したことは、多くの調査や研究ではっきりしている。
しかし政府はその調査や研究は無視して、盛んに除染を言い立て、その難しさや費用の莫大さを喧伝(けんでん)し、住民の立ち退きを正当化している。
そこにあるのはどんな意図なのか。
もう一つ、中川八洋氏(筑波大学名誉教授)の指摘している例を挙げよう。
原発事故発生直後、政府がまず決めたことは、原発事故被害の賠償金約10兆円を東電に支払わせることだった。
避難地域を設定して住民を強制的に立ち退かせ立ち入り禁止にしたのは、東電による賠償金支払い計画が決定した後なのである。
話の順序が逆だ。
これだけを並べただけでも、その意図は明確だろう。
菅前首相をはじめ、政府首脳の素性が左翼であることは、これまで何度も述べてきた。
日本の資本主義的繁栄に反対し、その発展を妨害する運動に邁進(まいしん)してきた連中である。
原発事故を奇禍として、日本の繁栄と国力を大きく衰弱させようという意図が、政府のとった対策の根幹なのだ。
その延長で、脱原発は日本の資本主義にとどめを刺そう、ということである。
少し頭を冷やして冷静になれば、この全体像は容易に見えてくることである。
このような国賊的策謀を許していいのか。
日本人よ、冷静にならなければならない。
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原発が良いか悪いかと問われば、私だって危険のあるものは、ないにこしたことはないと思います。
ただし、それを、いますぐ原発撤廃という飛躍した議論にするのは、暴論だ、ということです。
国を靖んずる、というのは、民の生命、生活が守られることをいいます。
いま日本が即時原発を失うことは、日本の産業が失われることを指すのです。
これは絶対に容認できないことです。
原発は怖いから、原発に変わる新しいエネルギーの開発を、という声があります。
私も諸手を挙げて賛成です。
けれど、だからといってそれが今日明日にもできるのかといえば、そうではない。
日本人なら、ただやみくもに原発反対、原発怖いなどと騒ぎ立てるのではなく、渡部昇一先生が言われる通り、日本人はよくよく頭を冷やして冷静にならなければならないと思います。
やみくもに騒ぎ立てて、得をするのは、他でもない、特アでしかないのです。
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