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Chineseとは何か

すこし前の本ですが、宮崎正弘、内田良平研究会共著の「シナ人とは何か」という本があります。


内田良平といえば、黒竜会の主幹であり、アジアの独立解放と人種の平等を唱えた人です。
「黒竜会」などと聞くと、なにやらおそろしげなイメージをもたれるかもしれませんが、名前の由来は、実に温かなもので、大河の名前からきています。
その大河というのが、China、満州、ロシアの国境を流れるアムール川で、そのChina名が「黒龍江」です。
寒冷地でありながら、この川には春になると川原一面にきれいな花が咲き乱れます。
その景色は、まさに平和的な美しい光景です。
内田良平が生きた時代(明治7年~昭和12年)というのは、欧米列強が東亜諸国を次つと植民地支配していった時代です。
そのアジアを、花が咲き乱れるような美しい国々として復活させよう、そう誓って名づけられたのが「黒竜会」です。
内田良平は、Chinaの孫文とともにChinaの独立を賭けて戦ったのだけれど、裏切られて失望し、「China観」という本を書いています。
その本に、内田良平が見たChineseの特徴が書かれています。
以下の9点です。
一、平気でウソをつく。
二、平然と恩人を裏切る。
三、歴史事実を故意に改変する。
四、約束を守らない。
五、身内・仲間は大事にするが、「外部」は騙す
六、敵を分断し、陰謀を常に仕掛ける。
七、自分本位に思考し、自己利益のみを追求する。
八、社会構成が「聖人主義」であり、平等思想を認めない。
九、地位についたものは地位を利用し私服を肥やす。

さらに内田良平は、伝統的China社会を、5つの構造に分類しています。
【読書社会】
政治家、文官(漢文が読め理解できる層)。
排他的エリート意識と自己保身。
権力欲のかたまり。
【遊民社会】
匪賊、盗賊と同じ。
自己の欲望を満たし、略奪に励む層。
犯罪を犯罪と思わない暴力層。
【農工商社会】
個人の蓄財のみに関心。
自己中心的で、排他的、拝金主義で他人は信用しない。
【人治社会】
美辞麗句で相手を騙す。
約束とは単なる時間稼ぎの手段。
法律より個人の利害優先。
【上位下達社会】
平等や対等の概念がない、専制社会。
支配する、されるだけの社会。
要するにChina社会をひらたくいえば「バラバラな個人主義」ということになります。
根底にあるのは、排他的不信だけ、です。
個人主義というものを追及した先にあるのが、要するにこういう社会構造である、ということです。
こんな国柄を、敬愛する連中などというのは、いかに勉強のできる学者であろうが、論客であろうが、そもそも頭のネジがどこか一本足らない、ということです。
感謝する心、おかげさまで、ありがとうという心、人を大切にし、人を育てる心、互いに信頼し信頼する心、信頼に足る自分たらんと努力する心、まじめに努力すれば報いられる社会、みんなとともに働き、一生懸命努力しながら生きることをちゃんと実践すれば、価値観や宗教観はそれぞれ自由に追求できる包容力のある社会、そういった日本的社会の構造は、全世界の理想です。人類創世以来の、まさに理想社会がここにある。
そしてその対極にあるのが、China社会であるということです。
間違えてほしくないのは、内田良平にせよ、生意気を申し上げるようですが、ボクの立ち位置にせよ、Chinese全部を否定しているわけではありません。
Chineseでも、素晴らしい人材はたくさんいるし、日本人でもChinese以下の大馬鹿者は存在します。
たとえば、お隣りのご家族を例にとります。
同じ町内で、同じ時代を生きるお隣りのご家族ともなれば、ある意味、眷属(けんぞく)といって、自分の家族と非常に近い存在といえるかもしれません。
けれど、やはりその家ごとに「家風」というものがある。
子育てひとつ、料理ひとつ、洗濯物の干し方や朝飯の内容、あるいはカーテンや家具調度品の嗜好、子供への叱り方にいたるまで、家族ごとに、やはり違いがあります。
その「違いがある」ということは、その家族の優秀性とか、その家族のどちらが優秀かとか、子供の学校の成績がどちらが上かとか、そういう問題とは異なる。
隣人と付き合うには、互いの「違い」をよくわきまえたうえで、それなりに対等なお付き合いをしていかなければならない。
それが隣人との付き合い方、というものです。
あたりまえのことです。
県民性という言葉があります。
同じテレビ番組を観、同じ教科書で学校教育を受け、県ごとと人的交流が盛んなものでありながら、やはりいまでも県民性というものはある。
西日本と東日本の違いもあります。
たとえば、西日本では、妻のことを「嫁(よめ)」と呼ぶ。
関東に住んでいても、妻のことを「嫁」と発音したら、その方は間違いなく親の代か祖父母の代に関東に移住してこられた方です。
東日本では、妻のことは「カミさん」です。
カミさんというのは、わが家の「神様」だから「カミさん」です。
「ヨメ」は「嫁」の字があてられるけれど、結婚して何十年経っても「他所(よそ)の女」だから「ヨメ」なのかもしれない。
関東人には、どうもこの「ヨメ」という言葉に違和感を覚えるといわれている。
話が脱線しそうなので、もとに戻しますが、隣近所のご家族にしても家風があり、県ごとに県民性があるのなら、まして言語、風俗、習慣、教育、社会体制、歴史の異なる「国」となれば、その差異は、ますます大きなものとなります。
Chineseの社会構造や国民性と、日本人のそれとでは、そこに「違い」があるのは、当然のことです。
それは個人の誰それが「いいひと」だからとか、そういう問題とはまるで異なります。
以前、「犬種と人種」(http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-580.html)という記事を書きましたが、人種ごとの特性は、間違いなく「ある」ものです。
Chinaの歴史を、人類の進化といった大きな視点でみると、面白いことがわかります。
Chinaといえば、世界四大文明の中の「黄河文明」発祥の地とよく言われますが、実はその「黄河文明よりも、さらに2000年歴史の古い「長江文明」というものが存在した、ということが考古学的に明確にわかっています。
そしてそれらの遺跡の出土から、もともとChinaには揚子江の流域に稲作農業を営むモンゴロイドの長江文明が、先にあったということもわかっています。
この長江文明の遺跡は、古いものになればなるほど、いわゆる「対人用の武器」の出土がない。
要するに、長江文明は、日本の縄文文明と同様、働くこと、助け合うことを旨とする文明であったということが、どうやら立証されています。
そこにあるとき、Chinaの二大河川のひとつである黄河の流域に、黄河文明が起こる。
その黄河文明の遺跡から出土する人骨のDNAを分析してみると、なんと遺骨はモンゴロイドではなく、コーカソイドです。
つまりどういうことかというと、もともと農業で生計をたてていたモンゴロイドの長江人たちが、Chinaで文明を築いていた。
農業は人と争っていたら田畑が荒らされ農作物ができません。
みんなで協力し合うことが、農業生産高を上げ、家族を養うのに最低限必要なことです。
そこにある日、ヨーロッパ系の狩猟採取民族であるコーカソイドが現れる。
大型動物を狩って食を賄うコーカソイドは、大型動物を追って、どこまでも移住する。
そして大型動物を狩るには、大型の武器が必要です。
その大型の武器は、当然のことながら対人用武器となる。
そんなコーカソイドたちにとって、武器を持たないモンゴロイドの長江人たちは、格好の略奪相手です。
生まれてこの方、武器を持ったことも見たことも使ったこともない定住型の長江人たちは、武器を持って戦うことに慣れたコーカソイドたちからみれば、下手をすれば格好のネタです。
なにせ相手は武器を持っていない。
食い物も女も奪い放題です。
おそらくは皆殺しなどもあったことでしょう。
なにせ人種も違えば、言語も違うのです。相手は「ヒト」ですらない。
黄河人たちにそうやって、ほしいままに略奪暴行を受け続けた長江人たちは、当然のことながら、そのまま黙ってみてはいません。
集団で、なんとかして自分たちの生活を守ろうと、ついには戦うことを選択する。
黄河人は、見つけ次第、殺したりもしたかもしれません。
仲間を殺されたら、黄河人だって黙っていません。
こちらも徒党を組んで集団で長江人と戦うようになる。
長江人たちにしてみれば、略奪暴行殺害された恨み、黄河人にしてみれば仲間を殺された恨み、互いの深い怨恨による戦いです。
当然、その戦いは酸鼻を極めたものになる。
要するに、黄河人出現以来のChina4000年の歴史というのは、こうして互いに殺し合い、奪い合い、略奪や強姦をしあい、権謀術数をもって相手を殲滅し、約束を破り、支配し支配される関係を構築し、一方で農業を営む者は、身を守るために徹底的に排他的にならざるを得なかった。
そうやって「進化」してきたのが、いまのChineseである、ということです。
このため、Chineseの外見上の特徴は、モンゴロイドです。
奪いにきたコーカソイドよりも、農業をして自活するモンゴロイドの方が人口が圧倒的に多かったからです。
長い年月の間に、血が混じり、いまではChineseの外見上の遺伝的特性は、モンゴロイドのそれとなっています。
けれど、政治的文化的には、殺し殺されるという関係から、農業立国した同じモンゴロイドの日本人とは、まるで異なる進化を遂げた、ということです。
人間というのは弱い生き物です。
法律がなく、警察も軍もない社会で、自分だけが強力な、たとえば自動小銃のような武器を手にしていたら、自分は働かなくたって周囲の者に武器を突きつけて、食や女をほしいままに奪うことができる。言うことをきかなければ、殺すだけです。
伝統的に、そうした非道がまかり通った、というよりそれがあたりまえのように繰り返された社会と、日本のように人が武器を持つことよりも、働くことに意義を見出すことを何千年、何万年と続けてきた社会では、人種的特徴がおおいに異なってしまうのも、むべなるかなです。
そして、そういうヒストリーを考えてみると、内田良平の分析するChinese観や、China社会の特徴というものが、よく理解できる。
そんなのは大昔の話だという人もいるかもしれません。
けれど、China共産党がモンゴルを支配しようとしたとき、彼らはモンゴルの指導者と知識人たちに対して、「文字を読める人は殆ど生き残れなかった」と言われるほどの粛清をしています。
なんとそのために、わざわざ50種類以上の拷問が考案され、実行された。
たとえば、真赤に焼いた棍棒で内臓が見えるまで腹部を焼き、穴をあける。
牛皮の鞭に鉄線をつけて殴る。
傷口に塩を塗り込み、熱湯をかける。
太い鉄線を頭部に巻いて、頭部が破裂するまでペンチで締め上げる。
真赤に焼いた鉄のショベルを、縛りあげた人の頭部に押しつけ焼き殺す。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-476.html
このようなことは、日本人の感覚では、まずできないことです。
China共産党の所業は、まさに悪魔の所業であるといえる。
こうした文化を基礎に置く国が、我らが日本の隣人であり、しかも幼いころから徹底した反日教育を施し、そして日本という国を支配しようとありとあらゆる謀略をしかけてきているのです。
国民の生命と財産の安全を守るのが国家の持つもっとも基本的な役割です。
多くの日本人が、いわゆる「お花畑」でいれるというのは、たいへんに幸せなことです。
だからこそ、国家の指導者たる者は、そのお花畑の住民が、お花畑でいるころができるよう、国を守らなければならない。
けれどその国家的指導者が、真逆に日本を滅ぼそうとするのなら、あるいは国家の基礎となる憲法が亡国の道をたどろうとするものであるのなら、それを変えるのは、民衆の力です。
そして民衆のエネルギーというものは、情報によって変化する。
いま、多くの日本人は、偽の情報を学校教育で、あるいはメディアから与えられています。
それに異を唱えることはもちろん必要です。
けれど、いったん発信されてしまった情報は、覆水盆に帰らずで、取り返しようがない。これを「後手にまわる」といいます。
ならば、どうやって「先手」をとるか。
それには、まわりくどいようだけれど、気がついたひとりひとりが、「語る」しかないのではないかと思います。
個人的には、この戦いは、自分の命を賭けた戦いだと思っています。
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