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やまと新聞(明治19年10月12日)新聞錦絵
天璋院殿 月岡芳年画
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やまと新聞錦絵

すこし古いけれど、2008年の調査で、ブログが世界に約7000万あり、使用されている言語の量では日本語が約37%と、2位の英語約36%、3位の中国語約8%を抑えてトップ、という報道がありました。
これは実はものすごい話で、英語を公用語とする人口は12億人、日本語が公用語の人口は1億2千万人です。
要するに日本語を話す人は、英語圏の10分の1以下しかいないのに、日本語ブログが一番多い、ということなのです。


ネット上のコミュニケーションは、基本、文字を主体に行われるわけだけれど、世界の言語は英語に代表されるように「表音文字」です。
これに対し、日本語は「表音文字」である“かな”と、「表意文字」文字である“漢字”によって文章が書かれます。
表音文字は、脳内の「角回」と呼ばれるエリアで認知されるのだそうです。
ところが表意文字である“漢字”は、最近の研究で、どうやら視覚領域で認知されているということがわかってきたのだそうです。
どういうことかというと、日本語を読むとき、ひらがななどは英文を読むときとおなじ、脳内の「角回」で解されるのですが、漢字の部分は「視覚領」で「相貌認知」されている。
「相貌認知」というのは、人の顔を見て、誰、というように判断するところです。
人の顔や姿は、マルやシカクのような単一図形ではありません。
それを総合的に認知する。
顔を見て誰、姿を見て誰、と分かるということは、誰ということを意味内容としてとることも出来るし、名前という音声としてとることも出来る、ということです。
日本人は、日本語で書かれた文章を読むとき、そういうことをしている脳内領域で、漢字の処理をしている。
要するに、日本人は、日本語を読むとき、脳内の2カ所を使っているわけで、こういう言語体系というのは、非常にめずらしいのだそうです。
おかげで、日本語で書かれた文章は、ナナメ読みをすることが非常に容易です。
日本人はマンガが好きだけれど、マンガは、「絵」と、文字による「ふきだし」で構成されています。
マンガを書く方は、「絵」の細かな部分まで気を使って書きますが、読む側は一般に「絵」を相貌認知して読む。
そして「ふきだし」にあるセリフのところを「音」として読む。
これって、漢字かな交じり文と、ある意味同じ構造です。
最近では、文章は、「読む」時代なく、「見る」時代だ、などといって、ネットの多くのブログサイトや、メルマガなどでは、改行を多用し、ときには、数行から十行以上も間を開けながら、ちょこっと文字を書くという様式のものがよくみかけられます。
これなども、情感を「相貌認知」によって訴える書き方といえるかもしれません。
おもしろいことに、若い子で、作文が苦手で学力が比較的低い子でも、メールなどでは、とてもおもしろく、また読みやすく、心のこもったとても素晴らしい文章を書きます。。
そうした子たちの文章の特徴ですが、決して論理的ではないけれど、とても情感がこもった文章を書く。
ところが、よくよく考えてみると、これも別に新しく始まったことではない。
古くから漢字にルビをふったり、手書きの文書などでは、行書と草書をまぜたり、特定の文字を大きく、太く書いてみたり、文字そのものも、勢いのある文字にしたり、やわらかな印象の文字にしたりと、この場合、文字を「絵」のようにして情感を伝えている。
これも「相貌認知」で、いまどきの若い子たちのメールの文章と、昔の人の書は、そういう意味では、もしかしたら同じ意味合いをもつものといえるのかもしれません。
嘉永三(1853)年に黒船を率いてやって来たペリー提督は「日本遠征記」という日記を出版していますが、その中に、次のような記述があります。
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(日本は)読み書きが普及していて、見聞を得ることに熱心である。
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さらに、ペリーは、日本の田舎にまでも本屋があることや、日本人の本好きと識字率の高さに驚いたと書いています。
また、万延元(1860)年に来日したプロイセン海軍のラインホルト・ヴェルナー(エルベ号艦長)は、航海記に次のように書いています。
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子供の就学年齢はおそく7歳か8歳だが、彼らはそれだけますます迅速に学習する。
民衆の学校教育は、中国よりも普及している。
中国では民衆の中でほとんどの場合、男子だけが就学しているのと違い、日本ではたしかに学校といっても中国同様私立校しかないものの、女子も学んでいる。
日本では、召使い女がたがいに親しい友達に手紙を書くために、余暇を利用し、ボロをまとった肉体労働者でも読み書きができることで、われわれを驚かす。
民衆教育についてわれわれが観察したところによれば、読み書きが全然できない文盲は、全体の1%にすぎない。
世界の他のどこの国が、自国についてこのようなことを主張できようか?
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文久元(1861)年に函館のロシア領事館付主任司祭として来日したロシア正教会の宣教師ニコライは、日本に8年間滞在したけれど、彼は、ロシアに帰国後、日本について雑誌「ロシア報知」に次のように書いています。
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国民の全階層にほとんど同程度にむらなく教育がゆきわたっている。
この国では孔子が学問知識のアルファかオメガであるということになっている。
だが、その孔子は、学問のある日本人は一字一句まで暗記しているものなのであり、最も身分の低い庶民でさえ、かなりよく知っているのである。
(中略)
どんな辺鄙な寒村へ行っても、頼朝、義経、楠正成等々の歴史上の人物を知らなかったり、江戸や都その他のおもだった土地が自分の村の北の方角にあるのか西の方角にあるのか知らないような、それほどの無知な者に出会うことはない。
(中略)
読み書きができて本を読む人間の数においては、日本はヨーロッパ西部諸国のどの国にもひけをとらない。
日本人は文字を習うに真に熱心である。
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慶応元(1865)年に来日したドイツのシュリーマン(トロイアの遺跡発掘で有名)は、日本の印象を、次のように記しています。
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教育はヨーロッパの文明国家以上にも行き渡っている。
シナをも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知の中に放置されているのに対して、日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる。
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明治41(1908)年に、日本人781人が初のブラジル移民をしました。
同年6月25日のコレイオ・パウリスターノというブラジルの新聞には、日本人の驚くべき清潔さと規律正しさ、物を盗まないこと等とともに、日本人の識字率の高さについて、次の記載があります。
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移民781名中、読み書きできる者532名あり。
総数の6割8分を示し、249名は無学だと称するが、全く文字を解せぬというのではなく、多少の読書力を持っているので、結局真の文盲者は1割にも達していない。
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以前、やまと新聞の紹介記事に書きましたが、識字率が高く、紙が普及していた日本では、新聞も古い歴史を持っています。
なんと現存している最古の「かわら版」は、徳川家康が大阪城を攻めた慶長19(1614)年の大阪冬の陣を報道したものです。
これは世界最古の新聞といわれているイギリスの新聞よりも、50年も前のことです。
そういえば、日本の「かわら版」は、挿絵が豊富という特徴も見逃せません。
現代の新聞よりも、明治時代の新聞などは、まさに挿絵のオンパレードです。
ほとんど絵本にすら近い。
新聞といえば、新聞が白黒印刷からカラー印刷に変わったのは、ようやく最近のことと思っている現代人が多いのだけれど、実は、日本の新聞は、もともとカラーです。
これは当時の新聞が、版画の技術を応用して発行されていたことによるもので、おかげで当時の新聞は、極彩色のフルカラーです。
そもそも、江戸時代の武士はほぼ100%読み書きができたし、庶民を含めても、たとえば嘉永年間(1850年頃)の江戸の識字率はなんと約80%です。
裏長屋に住む子供でも、手習いへ行かない子供は男女ともほとんどいなかったし、日本橋や、赤坂、本郷などでは、男子よりも女子の修学数の方が多かったという記録も残っている。
そして彼らは、単に文字を読み、書くだけでなく、その文字を「相貌認知」して、漢字をまるで絵のようにして書を描き、書を視た。
さらに、書には筆と紙が必要ですが、墨液で濡れても破れない紙をちゃんと開発もしていたし、大量な紙を生産しながら、森林資源を枯渇させることなく、見事に後世に残しています。
いやはや日本人て、すごいですね。
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