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ただ「知っている」だけなら、何の意味もないのです。
そうではなく、そこから自分の頭で考える技術を磨く。
そこが大事なのです。

20240409 学問のすゝめ
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とても重要な内容だと思いましたので、広く拡散する意味で、有料版の記事内容を全文公開します。
簡単にひとことでまとめたら、この記事の内容は、
「ただ知っているだけの歴史なんて、意味がない」
ということです。
どうなっているのかを「証拠に基づいて自分の頭で考える」。
それが「歴史」です。
歴史は暗記科目の「社会科」とは異なるのです。
ちょっとマシな歴史の先生ですと、「実はこうだったんだ」のようなことを語ります。
ほとんどの人は、それで満足して「先生、すばらし〜〜」となります。
けれど、それでオシマイです。
なぜならそこに「自分の頭で考える」という作業が入らないからです。
自分の頭で考えないなら、パブロフの犬と同じです。
けれど、だからといって、念仏のように「考えろ〜考えろ〜」と言っているだけでは、考えろ教団になってしまいます。
誰もそんなものは望んでいない。
だから、これまでとは違った歴史の解釈を述べています。
それが正しいと言っているのではありません。
異なる考え方や見方があることを通じて、もっと別な、その人それぞれなりの解釈や、考えを持つようにしていくことの楽しさを共有したいのです。
なぜなら、それって、とっても楽しいことだから。
*****
【ねずさんのひとりごとメールマガジン】第567号
【タイトル】歴史とは何か、なぜ学ぶのか
【発行日】2024/4/9
【本文】
歴史とは何かについて考えてみたいと思います。
意外なことに、戦後生の私たちは、学校で歴史を教わっていません。
これは昭和20年にGHQが日本における歴史教育の無期停止を実施したことを受け、当時の文部省が昭和22年に、正式に歴史教育を廃止し、社会科を新設したことによります。
あのGHQですから「一時停止」だったものを、日本の文部省が「廃止」にしてしまったのですから、いつの世にも茶坊主はいるものだと呆れてしまいますが、いずれにしても、現代においてもなお、我が国の歴史教育は復活していません。
いま行われているのは、社会科にほかならないのです。
社会科というのは、その子が社会人になっても困らないように、過去におきた出来事を、ただ暗記してもらう科目です。
ですから当然、テストには「鎌倉時代は何年に始まりましたか?」「はい、1192年です」というように、必ず正しい答えが用意されているというように、社会科というのは、ただの暗記科目です。
このことは大学における歴史学科においても、同様に誤解がまかり通っていて、歴史学界の重要な議題が「鎌倉幕府の成立は、頼朝が将軍に任ぜられた1192年とすべきなのか、壇ノ浦の戦いに勝利した1185年にすべきなのかといった議論が大激論されています。(実際にこの議論により、教科書の記述が1185年に変わったりもしています)。
議論すること自体は、決して悪いことではありませんが、正直、社会科のレベルを出ていないのは、たいへん残念なことに思います。
では、そもそも歴史学とはどのようなものなのでしょうか。
まず簡単にその定義を述べると、歴史とは、
「過去の事実の因果関係を記述したもの」
ということができます。
従って書かれたものが歴史であり、因果関係を持つものが歴史です。
ということは、書かれた史書がなかったり、あってもそれが因果関係を表していなければ、それは歴史になりません。
たとえば、インドの場合、インド史というものはありません。
現在、インド史という用語で語られるのは、インド独立運動とそれ以後の、つまり現代史の範囲内のみのものになります。
ではインドが植民地だった時代や、それ以前の歴史はないのでしょうか。
実は、答えは「ない」です。
インドの場合、すべては前世の因縁によって決まるというのが、古来のインド哲学です。
物事の因果関係が「前世の因縁」なのですから、歴史にならないのです。
同様にイスラムもまた歴史を持ちません。
彼らは、すべてはアラーの思し召しであって、因果関係はアラートの間にしか発生しません。
したがって、書かれたものがないわけではないのですが、歴史にならないのです。
ということは、そもそもとして歴史を持つ国や民族というのは、限られた少数しか存在しないということになります。
その通りなのです。
歴史とは   1 直進する時間  2 時間を管理する技術  3 文字で記録をつくる技術  4 ものごとの因果関係の筋書きの4つを満たす過去の記録です。
歴史を持つ国や民族は、世界の「少数派」なのです。
では、歴史を持つのは、どの民族なのでしょうか。
答えは3つです。
それが、東洋史、西洋史、国史です。
現代日本では、世界史と日本史という分類がされていますが、もともとは世界史などというものはありません。
なぜなら西洋史と東洋史では、その記述(筋書き)がまるで異なるからです。
西洋史は、ヘロドトスの『ヒストリアイ』が原点です。
『ヒストリアイ』には、有名な序文「世界は変化するものであり、その変化を語るのが歴史である」という言葉ありますが、では『ヒストリアイ』がどのように歴史の変化を捉えているかというと、
1 バラバラで対立と闘争を繰り返していたギリシャの都市国家のもとに
2 強大なペルシャの大軍がやってきた。
3 城塞都市国家は次々に粉砕され、ギリシャは追い詰められた。
4 そのとき勇者が立ち上がり、最後にはみんなで協力して敵をやっつけ、勇者は王となり、美女を手に入れた
というストーリーです。
西洋史は、すべての史書が、このストーリーに準拠しています。
この筋書きでは、不当な侵略を前に英雄が立ち上がり勝利します。
ということは、世界がまとまるためには恐怖の帝国の存在が必要ということになります。
この思想は現代でも徹底していて、だから国連において「日本」は敵国のままです。
では東洋史はどのようなものかというと、これは簡単に言ったら中国の史書です。
中国の史書の原点は、前漢の武帝に仕えた司馬遷『史記』です。
『史記』は、皇帝の「正統性」を記した史書です。
「正統性」というのは、別な言い方をするなら、要するに
「誰がいちばん偉いか」ということです。
史書の目的がそこにありますから、この場合西洋史のような「共通の敵」の存在は不要になります。
むしろ「前王朝がいかに理不尽だったか」という過去の不当性に対し、天帝が動いて次には別な血統の者を皇帝に指名することになります。
その意味で、過去の支配者は、次の支配者からみたときに、常に不当な存在でなければなりません。
現在の中共政府の間に事実上チャイナを支配していたのは日本です。
このため中共では、映画でも演劇でも小説でも教育でも、すべてにおいて日本が悪者として描かれています。
このことは真実とは程遠いことですが、チャイナにおいては、
「正統であることは真実より重要」
とされるのです。
つまり西洋史は勇者譚であり、東洋史は正統物語なのです。
ちなみに戦後はGHQによって、西洋史と東洋史の授業が停止され、文部省が廃止を決めたため、この西洋史と東洋史が合体されて「社会科・世界史的分野」となりました。
ところが、実際には西洋史も東洋史も、どちらにもストーリーがあり、しかもそのストーリーの組立が全く異なるわけです。
ぜんぜん違う筋書きのものをひとつにまとめるということは、サッカーと野球をまとめてひとつの種目にするようなものです。
本来、できるものではないのです。
そこで無理やり考案された方法が、
「単に世界で起きた出来事を列記して丸暗記させる」
という教科としての世界史です。
これは日本だけにある、不思議な学科です。
三つ目の歴史を持つ民族である日本は、どのような歴史観なのでしょうか。
日本の歴史は、日本書紀を元にしています。
日本書紀は、チャイナに唐という巨大な軍事帝国が生じたときに、我が国を統一国家にする目的で書かれたものです。
そこに書かれていることは、
我が国の国柄と、その成立の物語です。
そしてその中には、神々の時代から、いかに先人たちが努力して日本という国を築いてきたかが描かれています。
勇者であっても儚く散り、正統であっても争いがあります。
従って、これを読む人々は、過去の様々な事実から、現状打破の力を学ぶことになります。
日本書紀以降の他のすべての日本の史書が、すべてこの形です。
ですから日本人にとっての日本古来の歴史は、記述された過去の事実を前にして、そこから読む人それぞれが何を学び取るかが重要視されるものとなっています。
つまり日本の歴史(国史)は、勇者譚でもなければ、王朝の正統性のために前王朝を悪者に仕立てて、すべての悪事を前王朝になすりつけるためのものでもありません。
日本の歴史(国史)は、過去の事実を基に、自分ならどうしたか、自分ならどうするかを考えるための手がかりの書なのです。
ということは、もっというなら、日本人にとっての歴史は、
「事実を基に、自分の頭で考えるためのもの」
ということになります。
このことは、企業研修などにおける「ケース・スタディ」で一般にも広く行われていることです。
「ケース・スタディ」において、ケースとなった過去の出来事について、それが何年何月何時何分に起きて、当事者は誰と誰だったかを丸暗記しても、何の意味もありません。
どうしてそうなったのか、自分ならどうするか、本当はどうすればよかったのかを考えなければ、そもそもケース・スタディになりません。
社会科と歴史学の違いも、ここにあります。
社会科は、単に「事実を覚える」ためのものです。
けれど歴史科は、過去の事実に基づいて、どうしてそうなったのか、自分ならどうするか、本当はどうすればよかったのかを、自分が当事者の一員となって考える学科なのです。
近年、Youtubeの歴史系の番組を見ると、その多くが、
「いつどこで何があったのか」を語るものになっています。
多くの日本人は、学校で社会科しか習っていませんから、このような番組で、自分の記憶と合致する歴史の話を聞くと、なんだか安心することになります。
けれど、それは、社会科であって、歴史科ではないのです。
歴史なら、過去の事実に基づいて「自分の頭で考える」ことになります。
これは、過去に自分が受けてきた授業やその成績に自信のある人ほど、実はストレスになります。
過去の先入観が強い分、自分の思っていた歴史が、解釈する人によって、全然違ったストーリーになることに、頭がついて行かないのです。
けれど、たとえば伊達政宗の鎧の鉄片が全部でいくつあるのか、などといったことを、ただ丸暗記しても、実生活に何の役にも立ちません。
福沢諭吉は、ですからこのことをして、次のように述べました。
 学問とは、
 ただむずかしき字を知り、
 解(げ)し難き古文を読み、
 和歌を楽しみ、詩を作るなど、
 世上に実のなき文学を言うにあらず。
 これらの文学も
 おのずから人の心を悦(よろこば)しめ
 ずいぶん調法なるものなれども、
 古来、世間の儒者・和学者などの申す様(よう)に
 あがめ貴(とうと)むべきものにあらず。
 古来、漢学者に世帯持ちの上手なる者も少なく、
 和歌をよくして商売に巧者なる町人もまれなり。
 これがため心ある町人・百姓は、
 その子の学問に出精するを見て、
 やがて身代を持ち崩すならんとて
 親心に心配する者あり。
 無理ならぬことなり。
 畢竟(ひっきょう)その学問の
 実に遠くして
 日用の間に合わぬ証拠なり。
要するに、文字は学問をするための道具であって、たとえば家を建てるのに、槌(つち)や鋸(のこぎり)が必要だというのとおなじであって、槌や鋸は家を建てるに必要な道具だけれど、その道具の名前ばかりを知っていて、家を建てる方法をしらないなら、何の役にも立たないよ、と言っているのです。
実のない学問は、日用の間に合わないのだから、やがては身代を持ち崩すと、親が心配するんだ、と、このように書いているわけです。
歴史もまた同じです。
ただ「知っている」だけなら、何の意味もないのです。
そうではなく、そこから自分の頭で考える技術を磨く。
そこが大事なのです。
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※この記事は2018年11月のねずブロ記事のリニューアルです。
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