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もしかすると日本の古典文化というのは、ある意味現代世界の最先端を行く文化といえるのではないか。古きを訪ねて新しきを知る《温故知新》とは孔子の言葉ですが、日本を取り戻すということは、もしかすると、おもいきって千年、二千年という古代にまでさかのぼったところにある智慧にこそあるのではないか。

ブルーノ・タウト
20201021 ブルーノ・タウト
画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%88
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小名木善行です。
東京・渋谷駅に忠犬ハチ公の銅像があります。
かつて、このハチ公像を見て、涙を流した外国人がいました。
名前を、ブルーノ・タウト(Bruno Julius Florian Taut)といいます。
タウトは、大正13(1924)年から昭和6年(1931年)までの8年間に、日本で12,000軒もの住宅建築に関わり、昭和6年(1930年)には、ベルリン・シャルロッテンブルグ工科大学の教授に就任したヨーロッパを代表する世界的な建築家です。
ところが彼は、ナチス秘密警察の追跡の手をのがれて、昭和8年に日本に逃避してきていました。
このとき彼は、渋谷駅前で忠犬ハチ公の逸話を聞き、その素晴らしい話に感嘆しつつも、自身が残した実績と裏腹に、母国で社会的に抹殺された身であることを嘆き、涙を流したというわけです。
そのタウトの書いた本に『日本美の再発見』という本があります。岩波新書の赤本です。
桂離宮をはじめ,伊勢神宮,飛騨白川の農家および秋田の民家などの日本建築に「最大の単純の中の最大の芸術」の典型を見いだした、という内容の本です。
この本を書いたのが、そのタウトです。
渋谷駅を出たタウトは、その足で京都郊外にある桂離宮を訪れました。
桂離宮は、江戸初期に後陽成天皇の弟の八条(のち桂)宮、智仁親王が造営した別荘です。
源氏物語になぞらえた回遊式庭園や、書院、茶屋が、往時の姿のまま残っています。


桂離宮
桂離宮

タウトは、桂離宮の簡素で機能的な美しさに驚嘆しました。そして、
「実に涙ぐましいまでに美しい・・・」
と感想を述べました。
桂離宮を見た彼は、栃木県にある日光東照宮を訪れました。
しかしここではタウトはさほど感銘を受けなかったといいます。
タウトは、二つの建物を比較して、次のように書いています。
「日光の大がかりな社寺の如きものなら世界にも沢山ある。
 それが桂離宮となるとまるで違ってくる。
 それは世界にも類例なきものである。」
東照宮のような建築物は他の国でも珍しくないけれど、桂離宮は比類のない傑作だというのです。
タウトは、桂離宮を「天皇趣味」と呼び、東照宮を「将軍趣味」と呼んで対比しました。
また伊勢神宮を観たタウトは、次のように語りました。
「桂離宮は、施工のみならず
 その精神から見ても、最も日本的な建築である。
 これは伊勢神宮の伝統を相承するものである。
 この国の最も高貴な国民的な聖所である伊勢神宮の形は、
 まだシナの影響を蒙らなかった悠遠の時代に由来する。
 構造、材料および構成は、この上なく簡素明澄である。
 一切は清純であり、それ故にまた限りなく美しい。」
伊勢神宮
伊勢神宮

タウトはさらに続けます。
「純真な形式、清新な材料、
 簡素の極致に達したな構造――
 これこそ伊勢神宮が日本人に対し、
 またわれわれに対して顕示するところのものである。
 原始日本の文化は、伊勢神宮においてその極地に達した。
 まことに伊勢神宮は絶対に日本的なものであり、
 日本においてさえこれ以上日本的なものはどこにもない。
 ここに在るところのものは真正の建築であって、
 たんなる工学技師の手になる建造物ではない。
  清楚な素木の社殿
  やわらかな曲線の萱葺屋根
  掘っ立て柱
  反りのない軒・棟
  天にむかって伸びる千木(ちぎ)
 日本がこれまで世界に与えた一切のものの源泉、
 あくまで独自な日本文化を開く鍵、
 完成した形ゆえに全世界の賛美する日本の根源・・・
 それは外宮内宮および荒祭宮をもつ伊勢神宮である。
 原日本文化は伊勢神宮において、その極地に達した。」
タウトは、伊勢神宮を「最大の単純のなかに、最大の芸術がある」と記しました。
そして「日本固有の文化の精髄としての古典的天才的な創造建築を見た」としています。
タウトは、伊勢神宮に、日本文化の特徴を表す「簡素」と「清明」を感じとり、伊勢神宮から桂離宮につながる「天皇精神」に、日本固有の伝統の神髄を観たのです。
神宮の建築様式は、奈良時代の仏教伝来による影響も受けず、また室町期に起こった「わび・さび」の建築様式にも影響されていません。
もちろん西洋文化の影響もない。
日本美の源流である太古の面影を、そのまま今日に伝えています。
参道の清らかな玉砂利を踏んで、拝所に進み、御神前に三拝する。
西行法師は、
 何事の おはしますかは 知らねども
 かたじけなさに 涙こぼるる
と詠みました。
建築家のタウトが、伊勢神宮や桂離宮にみたもの、そして日光東照宮に見たもの。
その違いは何でしょうか。
彼は権力がその権力を誇示するための建築物は、ヨーロッパにおいていくらでも見てきたし、また自分でも依頼を受けて設計し、建設してきたのです。
ある意味、タウトは、権力の力による建築の極地を見てきた人と言っても良いと思います。
日光東照宮は、とても美しい建築物です。
けれどそんなタウトには、将軍という権力と、その将軍の権力が織りなす建築物は、自分の行ってきた建築物の延長線上にあるものとしてしか感じることができなかったのであろうかと思います。
ところがそんなタウトにとって、お伊勢様や桂離宮の建築物の持つ静謐(せいひつ)の中にある偉大な権威は、もはや衝撃以外の何ものでもなかった。
ヨーロッパでは、宗教建築さえも、権威権力の象徴です。
いかにも偉大であり尊大であることが強調されています。
ところが日本では、国歌最高権威のための建築物が、きわめて簡素であり、自然に同化している。
何の偉ぶるところなく、自然と一体化しているわけです。
これは衝撃です。
ゴシック建築のように、建物をゴテゴテと飾り付けなくても、まったくシンプルな中に快適な空間を作り出すことが出来る。
実はこうして始まったのが、いまなお世界的な建築物の主流となっている「シンプル・モダン」という発想です。
それまでの西欧の建築物は、いかにして尊大さを演出するかが大事とされ、建物の周囲を大理石の彫刻などで飾り付けることが良いことだとされてきたし、それ以外の発想がまったくなかったのです。
ところがタウトが来日した影響によって、世界中の建築家たちが、もっとも簡素ななかに、機能的でかつ最高の空間を作り出すことができることを知ったのです。
こうして日本文化は、世界に大きな影響を与えました。
もしかすると日本の古典文化というのは、ある意味現代世界の最先端を行く文化といえるのではないか。
古きを訪ねて新しきを知る《温故知新》とは孔子の言葉ですが、日本を取り戻すということは、もしかすると、おもいきって千年、二千年という古代にまでさかのぼったところにある智慧にこそあるのではないか。
日本に限らず世界中そうですが、何百年ないし、千年二千年と生き残ってきたものは、それ自体に価値があるとされます。
なぜなら「古い」ということに価値があるからです。
そしてその古さのもたらす意味、長い間生き残ることができたということの意味に気付いたとき、それは私達に大きな何かを語りかけてくれます。だから価値があるのです。
なんでも新しければ良いというものではない。
長い歳月を生き残ったことにも、生き残ったなりの何か大事なことがあるのです。。
そういうことをしっかりと踏まえて、日本的な様々な文物に接するとき、それら文物は、とても多くのことを私達に教えてくれるように思います。
お読みいただき、ありがとうございました。
歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行でした。

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