「花よりほかに知る人もなし」であったとしても、それでも立ち上がる。
たったひとりであっても、信念を崩さずにしっかりと生きていく。
何があってもあきらめずに立派な日本人になれるよう努力し続ける。
そこが大事なのだよ、と行尊は教えてくれています。


20200330 山桜
画像出所=https://www.pixpot.net/view_spots/spot/3334/toaka-yamazakura
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 もろともにあはれと思へ山桜
 花よりほかに知る人もなし

百人一首66番にある前大僧正行尊(さきのだいそうじょうぎょうそん)の歌です。
現代語に訳すと、
「山桜よ、おまえも諸人とともにあわれと思っておくれ。
(この山奥では)お前以外に知る人もいないのだから。」とでもなるのでしょうか。
歌を詠んだ行尊(ぎょうそん)というのは、第67代三条天皇の曽孫で、12歳で出家して園城寺(おんじょうじ)に入り、このお寺で大僧正(だいそうじょう)にまで栄達した人です。
園城寺は、仏教と神道を融合させた、たいへん厳しい修行をするお寺で、滝に打たれたり、お堂に篭(こも)ったり、険しい山に登り降りしたりなどの荒行をしながら、自(みずか)らの霊力を得たり高めたりします。
なかでも行尊は人並み優(すぐ)れた法力を身につけ、白河院や待賢門院(たいけんもんいん)の病気を平癒したり、あるいは物怪(もののけ)を調伏するなど、次々と功績を挙げた人としても知られます。
そういう厳しい寺で、行尊は青春時代を過ごしたわけです。
ところがそのお寺が、行尊26歳のときに全焼します。
原因は放火でした。
比叡山延暦寺の荒法師たちによって焼き討ちにあってしまったのです。

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なぜかというと、延暦寺も園城寺も、ともに天台宗でありながら、互いに不仲だったのです。
延暦寺はインドからChinaを経由して渡ってきた、いわば正当派の天台仏教です。
これに対し園城寺は、この天台の教えを我が国古来の神道と融合させようとした宗派です。
それを理屈理論だけでなく、厳しい修行を通じて会得していくという方法が採られているのが圓城寺でした。
これが延暦寺にはおもしろくない。
園城寺は邪道だというのです。
それが言論だけのことならば良いのですが、当時の延暦寺はたくさんの荒法師(あらほうし)を抱(かか)えています。
その僧兵たちが調子に乗って園城寺を焼き討ちしてしまったわけです。
寺が焼かれるということは、行尊たち若い修行僧たちにとっては、青春のすべてを焼かれてしまったに等しいことです。
しかもそれだけではなく、寺に備蓄してあった食料も失われてしまう。
行尊たちは、ただ焼け出されただけではなくて、その日から、着替えもなく、飯も食えない状態になってしまったわけです。
行尊を含む若手の僧たち全員で、近隣に托鉢(たくはつ)に出ました。
托鉢というのは、各家を周って寄付を募る活動です。
そして行尊は、托鉢のために吉野から熊野にかけての山脈を歩いているときに、山中で一本の山桜を見つけます。
その山桜は、ポッキリと折れていました。
前年の秋の台風で風になぎ倒されたのでしょう。
けれど折れたその山桜は、なんと倒れながらも、満開の桜を咲かせていたのです。
『金葉集』(521)には、
「大峰にて思ひがけず桜の花を見てよめる」と詞書されて、二首が掲載されています。
************
(山桜が)風に吹き折られて、なほをかしく咲きたるを
 折りふせて 後さへ匂ふ 山桜
 あはれ知れらん 人に見せばや
 もろともにあはれと思へ山桜
 花よりほかに知る人もなし
*************
深い山中で花を咲かせても、誰の目にもとまらないであろう。
けれどこの山桜は、嵐で倒れてもなお、あのようにたくさんの美しい花を懸命に咲かせている。
自分たちは、誰も見ていないところで厳しい修行に明け暮れてきた。
その寺は理不尽にも焼き討ちに遭って無くなってしまったが、苦難に遇(あ)っても懸命に咲き続けているあの山桜を見習って、俺達もまた焼け野原から立ち上がっていこうではないか。
たった一本の山桜の姿に、心を動かされた行尊は、仲間たちとともに立派に園城寺を再建します。
そして行尊は、数々の功績によって園城寺の権僧正にまで上(のぼ)りました。
ところが行尊67歳のとき、園城寺は再び延暦寺の僧兵たちによって焼き討ちにあってしまうのです。
寺は再び全焼してしまいました。
このときもまた行尊は、一門の僧たちとともに、全国を歩いて托鉢(たくはつ)し、再び寺を再建しています。
そして数々の功績を残した行尊は、僧侶の世界のトップである大僧正の位を授かるにまで至り、81歳でお亡くなりになりました。
亡くなるとき、行尊はご本尊の阿弥陀如来に正対し、数珠を持って念仏を唱えながら、目を開け、座したままの姿であの世に召されて行ったといいます。
まさに鬼神のごとき大僧正の気魄です。

前大僧正行尊(冷泉為恭による絵)
前大僧正行尊

行尊の偉いところは、延暦寺の僧兵たちに焼き討ちに遭ったからといって、報復や復讐を考え行動するのではなく、むしろ自分たちがよりいっそう立派な修験僧になることによって、世間に「まこと」を示そうとしたところにあります。
理不尽な仕打ちを受けたからといって、相手をいたずらに攻撃するのではなく、全てを奪われ失ったのなら、また一から努力してすべてを回復し復元していく。
これは善悪二元論ではなく、イザナギとイザナミの神語から続く日本人の行動です。
すなわち黄泉の国から逃げ帰ったイザナギは、黄泉平坂(よもつひらさか)で妻のイザナミと千引石(ちびきいわ)をはさんで向かい合います。このときイザナミは、
「おまえがそのようなことをするのなら、私はおまえの国の人間を毎日千人くびり殺してやろう」と言います。
普通なら、そう言われたのなら相手を先制攻撃をするか、報復攻撃をすることになります。戦争か平和かの二者択一なのです。
ところがこのとき、そのように言われたイザナギは、まったく別な第三の選択をしてイザナミに返事をしています。
「愛する妻よ、おまえがそのように言うのなら、私は毎日千五百の産屋(うぶや)を建てよう」
産屋というのは、これは縄文時代の遺跡に行かれたことがある方ならおわかりいただけると思いますが、当時の家屋は草葺き屋根の竪穴式のひと間建てです。
そのひと間しかない建物で出産するわけにいかないので、お産のときには、普段住む家の他に、産屋(うぶや)と呼ばれる出産専用の家を建てたのです。
千人殺すというのなら、千五百人の子をつくろうというわけです。
失っても失っても、それ以上に築いていく。
この思想が、たとえ地位や名誉を奪われたとしても、また一から努力してそれらをまた築いていこうとする日本人の思考の根幹になっています。
現実問題として、天然の災害が多発日本では、誰かに被害を受けたからといって、永遠に報復を繰り返すような余裕はないのです。
何があっても、どんなにつらかったとしても、またそこから立ち上がるというマインドがなければ、災害からの復興もままならず、貧困と飢えとこごえる寒さが待っているだけなのです。
だから日本人は、常に建設を図ってきたのです。
そしてそのことが神話にも描かれ、歴史の中に行尊たちの振る舞いともなり、その心は現代日本にもなお続いているのです。
実際、原爆を落とされたから、報復に原爆を落とそうなどというひとは、日本人の中にはおそらく誰もいません。
そのようなことは冗談にも言ってはならないし、思うことも許されないくらいに思うのが日本人です。
報復するだけの余裕があるのなら、その分を復興にまわす。
みんなで力を合わせて、以前よりももっと良い街を築いていく。
ですから広島にしても長崎にしても、戦前よりも今のほうがずっと美しい街です。
それが日本人です。
誰も見ていなくても、誰からも評価されなくても、山桜のようにただ一途に自分の「まこと」を貫いて精進していく。
人は、生きていれば、耐え難い理不尽に遭うことが必ずあります。
何もかも失って、生きていても仕方がないとまで思いつめてしまうようなことだってあります。
けれど、そんなときこそ、たとえそんな辛さを知る人が自分一人しかいなかったとしても、
たとえ、心が折られてしまったとしても、1本の山桜だって、花よりほかに知る人もいない。幹だって折られてしまっている。それでも山桜は、なお、咲いている。
行尊の歌は、そんな、人生の辛いときにこそ、心に沁みる歌なのではないかと思います。
「花よりほかに知る人もなし」であったとしても、それでも立ち上がる。
たったひとりであっても、信念を崩さずにしっかりと生きていく。
何があってもあきらめずに立派な日本人になれるよう努力し続ける。
そこが大事なのだよ、と行尊は教えてくれています。
お読みいただき、ありがとうございました。
※この記事は2015年4月の記事の再掲です。

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