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いまの日本では、何事も利権が優先し、生活者の利便は後回しの観があります。
政治が利権のための政治に陥るからこのようなことになります。
本来政治は、「おほみたから」である民衆が豊かに安全に安心して暮らせるためにこそ存在します。
いまの日本の道路を見ると、とても残念に感じます。

20190207 ネタニア市

道路の車道と歩道の間に、路側帯と車道を分別するためのコンクリート・ブロックが置かれています。
一昔前までは、歩道は車道よりも一段高く作られていたのですが、近年ではこれが改められて、高さ15cm〜25cmのコンクリート・ブロックが置かれています。
何のために置かれているのかといえば、歩行者が安全に通行できるように、との理由付けがされているのですが、この路側帯のコンクリート・ブロック、自動車を運転する側にとっては、きわめて危険なものです。
たまに、このコンクリート・ブロックに乗り上げてしまっているクルマを見かけることもあります。
歩行者の通行を妨げないという理由は、よく理解できます。
しかし、クルマに危険を及ぼす高さ20cmを越えるブロックを、なぜ設置しなければならないのでしょうか。
都内では、歩道を歩く人の数は本当に多いものです。
けれど、地方に行くと、歩道を歩く人はほとんど見かけず、一方、車道には多くのクルマが通行しています。
そこに置かれたコンクリート・ブロックは、まるで自動車の通行を拒んでいるかのようにも見えます。
もともと、歩道に盛り土していたものが、どうしてコンクリート・ブロックに変わったのかといえば、それがコンクリート・ブロックになれば、生コンの需要が高まるからです。
全国規模では、いったい何十万トン規模になるでしょうか。
何やら利権が絡んでいそうです。
人の通らない幅広の歩道に、やたらに高さのあるコンクリート・ブロック。
果たしてそんな道路行政は、本当に人々の暮らしの役に立っているのでしょうか。
上にある写真は、イスラエルのネタニア市の海沿いの道路です。
御覧頂いてわかると思うのですが、広い歩道がありますけれど、その歩道に切れ込みがあり、そこに車が停車できるようになっています。
ネタニア市は、比較的新しい都市ですが、こうしてクルマと人とが両立できるように道路行政が行われているのです。
日本にも、路駐できる道路はあります。
けれどその路駐は、単に道路の路肩を駐車スペースにしているものです。
そうではなくて、道路から歩道側に切り込みを入れて、そこに路駐できるように工夫したのが、ネタニアの道です。
これを観た時、素晴らしいと感じました。
それで市長に、「素晴らしいアイデアですね」と言いました。
すると市長は、
「これは日本から学んだのです」とおっしゃいました。
日本には、このように歩道に切れ込んだ駐車帯はありません。
おそらく路肩の駐車スペースのことを市長はおっしゃられたのだと思います。
ただし、それを単に模倣するのではなく、そこから一歩工夫を施して、さらに歩行者と自動車が共存しやすいように道路行政を考えて進められたわけです。
いまの日本では、何事も利権が優先し、生活者の利便は後回しの観があります。
政治が利権のための政治に陥るからこのようなことになります。
本来政治は、「おほみたから」である民衆が豊かに安全に安心して暮らせるためにこそ存在します。
いまの日本の道路を見ると、とても残念に感じます。
お読みいただき、ありがとうございました。
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