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愛すること、人を大切に思うこと、損得を超えた友情など、そうした幾重にも重なる深い価値観を根本に持つのが人というものです。
損か得かだけなら、動物や昆虫と何のかわりもありません。
そのような価値観しか教えることができないものは、教育の名に値(あたい)しないし、教育の現場が荒廃するのもあたりまえです。

20181231 お富与三郎
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)

春日八郎のヒット曲で「お富(とみ)さん」という歌があります。
古い歌ですが、覚えておいでの方もおいでになるものと思います。

♪粋(いき)な黒塀(くろべい) 見越(みこ)しの松(まつ)に
 仇(あだ)な姿(すがた)の 洗い髪
 死んだはずだよ お富さん
 行きていたとは お釈迦さまでも
 知らぬ仏の お富さん
 エーサオー 源治店(げんやだな)

実はこのお富さんのお話は、江戸時代の歌舞伎で大ヒットした『与話情浮名横櫛(よわなさけ、うきなのよこぐし)』という人情物がもとになっています。
むつかしい名前の演劇ですが、通称が『切られ与三(きられよさ)』、『お富与三郎(おとみよさぶろう)』、『源氏店(げんやだな)』などとも呼ばれました。

歌舞伎がもととはいえ、戦前は講談や落語でも数多く扱われ、なんと戦前の修身教科書でも紹介されたお話です。
つまりそれだけ「お富さん」は、世間的に誰もが知る常識の物語であったわけで、春日八郎は昭和29年にこの歌で大ヒットを飛ばしています。

昭和29年といえば、サンフランシスコ講和条約によって日本が主権を取り戻して2年目にあたります。
日本人であることに、あらためて誇りを持つ人々が増えてきたときに、戦前には誰もが知っていた「お富さん」を歌にすることで、昔をなつかしむ多くの人々の心を捉えたわけです。

では、この物語がどのような物語かというと、江戸の大店の若旦那の与三郎が、ある日、木更津で美しいお富さんに出会い、一目惚れしてしまいます。
ところがお富さんは、このとき地元のヤクザの親分の赤間源左衛門のお妾(めかけ)さんだったのです。
情事が露見し、怒った赤間源左衛門は、手下に命じて与三郎をめった斬りにして、海に投げ捨ててしまいます。
眼の前で愛する与三郎を殺されたお富さんは、入水を図ります。

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幸いなことに二人とも命をとりとめるのです。
お富さんは、大手質屋である和泉屋の大番頭の多左衛門に引き取られ、源氏店(げんじだな)と呼ばれる妾宅で何不自由ない暮らしをします。
一方、与三郎は実家を勘当されて流浪の身となるのですが、三十四箇所の刀傷を売り物に、「切られの与三郎」として悪名を馳せていきます。

ある日,与三郎は ごろつきの蝙蝠安(こうもりやす)とともに、豪商の番頭宅に強盗に入ります。
するとそこにお富さんがいる。
片時もお富さんを忘れることができなかった与三郎は、お富さんを見て驚くと同時に、またしても誰かの囲いものになったかと思うと情けなく、そこで決めの名台詞が入ります。

「イヤサこれお富、ひさしぶりだなア…
「そういうお前は」と問いかけるお富さん。
「与三郎だ」
そう名乗った与三郎は、手拭いで隠していた顔を見せ、着物の袖をまくって総身に受けた傷を見せます。
ハッと胸に手を当てるお富さん。
「死んだと思ったお富、おメエが生きていたとは、お釈迦様でも気が付くめエ」

そこに主の多左衛門が帰宅します。
多左衛門は落着き払った態度で、与三郎は誰かと尋ねます。
お富さんはとっさに「兄(あに)さんです」と言いつくろう。
与三郎に向かって多左衛門は、
「お富を囲っているが男女の関係はない」といい、適当な商売でも始めるようにと、与三郎に相当な金を受け取らせます。

金をもらった蝙蝠安と与三郎が引き上げたあと、店から迎えがきたので、多左衛門はお富さんに自分のお守袋を渡して店へ戻って行きます。
お富さんが、そのお守り袋を開くと、中に臍の緒書が入っている。
そして、多左衛門がお富さんの実の兄であったと知ります。

そこにそっと戻ってきた与三郎。
お富さんは多左衛門が実の兄であったと知らせ、二人は多左衛門に感謝する・・・。

とまあ、こんな物語が「お富と与三郎」のお話です。
修身教科書では、この物語を通じて、兄弟の絆の深さ、大切さ、そして嘘はバレると子どもたちに教えました。

修身教育の復活を警戒する人たちがいますが、一体何を警戒しているのでしょうか。

人生は判断の連続です。
そして人は、情報に基づいて判断を行いますが、判断に際して必要なことが、価値判断のモノサシとなる価値観です。
その価値観が、儲かるか儲からないか、自分にとって利益があるかないか、といったモノサシしか持たないのでは、損得勘定しかない人間ができあがってしまいます。

人には、損得では図りきれない愛とか、友情とか、魂の響きがあります。
愛すること、人を大切に思うこと、損得を超えた友情など、そうした幾重にも重なる深い価値観を根本に持つのが人というものです。
損か得かだけなら、動物や昆虫と同じですし、そのような価値観しか教えることができないなら、そんなものは教育の名に値(あたい)しない。
教育の現場が荒廃するのもあたりまえです。
お読みいただき、ありがとうございました。

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