| 動画で學ぶ◇倭塾・百人一首塾動画配信サービス |
| 週一の特別講座◇ねずさんのメールマガジン |
| ◇最新刊『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』好評発売中 |
←いつも応援クリックをありがとうございます。
イザナキとイザナミによる日本の原点は「よろこびあふれる楽しいクニ(=豈国)」にあります。
それは、豊かで安全で安心できるクニを意味します。
豊かさも安全も安心も、ただ批判したり対立したりしているだけでは、決して手に入れることができないものです。
批判はもういらないのです。
対立ももう結構です。
それよりもどんな災害が来ても困らない強靭な国土を建設し、治安を良くし、みんなが協力しあって、一部の人ではない、誰もが豊かに暮らせる富を生み出していく。
そんな日本の原点に還ることこそ、日本再生の道であると思うのですが、みなさんはいかがでしょうか。

◆【お知らせ】◆
<東京・倭塾、百人一首塾他>
9月15日(土)18:30 百人一首塾 第29回
9月23日(日)13:30 第54回 倭塾・東京 第54回
東京の倭塾・百人一首塾は10月から会場がタワーホール船堀に変更になります。
10月8日(月)13:30 第55回 倭塾 研修室 1330-160
10月27日(土)18:00 第30回 百人一首塾 407会議室
11月13日(火)18:00 第31回 百人一首塾 307会議室
11月25日(日)18:00 第56回 倭塾 研修室
12月6日(木)18:00 第32回 百人一首塾 301会議室
12月24日(月)13:30 第57回 倭塾 研修室
<関西・倭塾>
8月10日(金)19:00 倭塾・関西 第一回 (IK歴史勉強会 十七条憲法と創生の神々)
9月9日(日)14:00 倭塾・関西 第二回 (IK歴史勉強会 イザナギ・イザナミと古代の朝鮮半島情勢)
10月19日(金)19:00 倭塾・関西 第三回 (IK歴史勉強会 大航海時代と大国主)
11月9日(金)19:00 倭塾・関西 第四回 (IK歴史勉強会 唐の皇帝と日本の天皇)
12月8日(土)14:00 倭塾・関西 第五回 (IK歴史勉強会 稲作の歴史と古墳のお話)
<国内研修>
12月16日(日)~17日(月) 一泊二日 神話を体感する会
11月の倭塾関西の日程が11月11日(日)から、11月9日(金)19時に変更になっていますのでご注意ください。
「よろこびあふれる楽しいクニ」のことを古い日本語で「あにくに」といいます。
漢字で書くと「豈国」となります。
「豈」という字は、上の図にある太鼓を象形化した漢字で、この太鼓のことを「楽太鼓」といいます。
古代から太鼓には手持ち式のものから、据え置き型のものまで、大小様々なものがありますが、写真の太鼓は、よろこびのとき、たのしいときに打ち鳴らす太鼓と決まっていて、だから名前が「楽しい太鼓」で「楽太鼓」です。
つまり「豈国(あにくに)」というのは、「よろこびあふれる楽しいクニ」のことを言うわけです。
「クニ」は、漢字では「国」と書きますが、大和言葉では「クニ」で、社会的共同体のことを言います。
ですから大和言葉では、郷里のことをクニといいますし、昔の藩もクニ、日本全体もクニであり、地球全体もクニとして認識されます。
ですから「豈国」は、「よろこびあふれる楽しい共同体」のことを意味します。
そして神道では、私達の住む時空間のすべては、神々の胎内にあると認識されています。
ですから青い空も神、雲も神、山や川も神、動植物もみんな神であり、神の一部です。
ありとあらゆるものが神であり、そのなかには当然ヒトも含まれます。
ひとりひとりがみんな神であるということは、民草と呼ばれる民衆もまた神の一部なのですから、民衆に対して権力を持つ人達は、民をないがしろにしたり、権力のおもむくままに人々から収奪したりすることは、してはいけないことになります。
そしてそのために、権力は常に責任を伴うと考えられてきたのが日本の文化です。
「権力は責任を伴う」ということは、ごくあたりまえのことであると、多くの日本人は思っています。
けれど世界では、権力は責任を伴わないのが常識です。
早い話、他所の国に原爆を二発も落として、何十万人も一度に殺害しても、まったくお咎め無しなのが権力者ですし、政敵を億単位で粛清しても誰からも咎められずに天安門広場にいまもって巨大な肖像画が飾られているのが、まさに権力者です。
つまり権力者とは、責任を負わない「無責任者」のことであって、そういうことを平気で行うことができる人が、まさに権力者になるわけです。
しかしこれは国家においても会社や団体などの組織においても、あるいは家庭においても、およそ人の集団の中においてはきわめて不幸なことです。
早い話、会社の社長が部下にありとあらゆる命令を下すけれど、会社に関連する一切について、まったく責任を負わないようなものだからです。
無責任なのに、給料だけは年収で何百億円も取る。
なるほどそれは、社長さんひとりにとっては幸せなことかもしれませんが、そういう会社に勤めている人も、取引先も不幸です。
なぜなら何の尊厳も認められないからです。
それでいて平然としているような人のことを、日本では古くから「中身のない人」といいます。
自らの魂を、より良いものにしていくという心を知らず、周囲にある人々が、神様の一部としての魂を持った人であることを解せず、ただ自分の外見を飾って贅沢をすることが自分の幸せであると履き違えているからです。
その典型が、日本アマチュア○クシング連盟の辞任した終○会長さんのようなものです。
中身が無いから、贅沢で身を飾ろうとする。
経済的富は相対的なものでしかないのに、現世での自分だけの贅沢三昧にしか興味も関心もない。
そういう人は心も魂も腐っていきますから、顔つきも歪んできます。
そしてそれを隠すために、暗いところでもサングラスをかけたがったりする。あわれなものです。
日本人は、神代の昔から、誰もが「よろこびあふれる楽しいクニ」を希求してきました。
貧農史観というものがあって、江戸時代まで一般の農家の人は収奪されて桁違いの貧乏だったといい加減なことを言っている先生もおいでになりますが、全然違います。
私の住んでいる町では、すぐ隣町の河川敷から、昭和33年に小判1206枚が出土しました。
現在までに、47都道府県中、これほどたくさんの小判が出たところはありません。
いまでも田んぼの広がる、首都圏の一部とは思えないほどの田舎の調整区域ですが、そんなところでもそれだけの大金を埋蔵できるほどまでに豊かだったのです。
すくなくとも我が家は武家ですが、そんな大金は先祖代々お目にかかったことすらありません(笑)
またその町では江戸時代、富士信仰が盛んで、毎年のように村から富士登山が行われていたという記録があります。
そして持ち帰った溶岩を、ちょっとずつ積み上げて富士塚が建てられ、「三国第一山」という扁額が掲げられました。
いまのような車も電車もなかった時代に富士登山をするには、旅費宿泊費だって馬鹿にならないお金がかかります。
それでも登山が行われたのは、単にそれが信仰であったというだけでなく、それだけの経済的裏付けがあったからです。
もともと徳川幕府は、家康公の頃には金(Gold)の発掘がさかんに行われて、徳川幕府は当時の世界にあって、まさに世界一の大金持ち政権だったのです。
ところが、そうして発掘した金(Gold)を、幕府は全国の河川の増水に備えるための堤防作りや、地震や水害、干魃などの天然の災害に備えるためと、その被災地復興のために、まさに湯水のようにお金を使い、結果として、蓄えられた金(Gold)が、民間に広く分散されることになりました。
そうすることで、幕府も大名もみんな貧乏になりましたが、その代り全国の河川には立派な堤防が築かれました。
Chinaにある万里の長城といえば、世界遺産として有名です。
宇宙にある人工衛星からも見えるそうです。
総延長距離は約2万1千キロメートルもあります。
もっとも、よく「万里の長城」として紹介される建築物としての長城だけに限っていえば、6,259kmです。
これもたしかに偉大な建造物です。
けれど日本の堤防だって負けてはいません。
日本は一級河川だけで、河川の数が1万3,989本もあり、その河川に築かれた堤防の総延長距離は約8万8千キロに及びます。
日本の堤防は、なんと万里の長城の4倍。
現存している長城なら、なんと14倍もの巨大土木工事を実施しているのです。
しかもそれが戦争用ではなく、どこまでも民生用です。
そして工事は奴隷的支配によるものではなく、地域の人々みんなの意思と努力と協力によって行われているのです。
けれど、こうして江戸時代に開発された全国の堤防も、いまだ決壊することがあります。
ごくまれに、それこそ何百年に一度の大洪水が起きたときの対応には不十分なのです。
とりわけ近年では、「ごくまれ」が「まれ」でなくなってきています。
ゲリラ豪雨、爆弾低気圧などの集中豪雨です。
自動車のワイパーは、1時間の降雨量が50mmまでを想定して規格されています。
それを超える雨量になると、ワイバーを全開にしても、ドライバーは前が見えません。
ところが2006年に高知県室戸岬降った豪雨は1時間に149mmです。
1999年に千葉県香取市に降った雨は1時間に153mmです。
つい先日も首都圏で1時間に110ミリもの豪雨が降りました。
こうなると、一級河川等の堤防が、現在の様子で果たして安全と言えるかが問題となります。
そこで国が行っているのが「高規格堤防事業」の推進で、この建設には約400年の膨大な時間と12兆円を超える費用が必要とされという、壮大な計画です。
麻生内閣が倒れ、民主党内閣が誕生した9年前の選挙のとき、麻生太郎さんが街頭演説でしきりに強調されていたのが、このゲリラ豪雨被害の甚大さと、これに対する対策の強化でした。
まさに防災、減災のための具体的政策、そしてその政策は、そのまま国内の産業を活性化させ景気拡幅の起爆剤にもなる。
だからみんなでこれを推進しようではないかと、民衆に訴えかけました。
ところがその麻生内閣が敗れ、民主党政権が誕生し、高度堤防工事事業計画は、2010年10月28日に、蓮舫女史の「事業仕分け」でマスコミの大絶賛のもと、いとも簡単に廃止になってしまいました。
そしてその後、豪雨による災害、地震による災害が次々と起こっています。
イザナキとイザナミによる日本の原点は「よろこびあふれる楽しいクニ(=豈国)」にあります。
それは、豊かで安全で安心できるクニを意味します。
豊かさも安全も安心も、ただ批判したり対立したりしているだけでは、決して手に入れることができないものです。
批判はもういらないのです。
対立ももう結構です。
それよりもどんな災害が来ても困らない強靭な国土を建設し、治安を良くし、みんなが協力しあって、一部の人ではない、誰もが豊かに暮らせる富を生み出していく。
そんな日本の原点に還ることこそ、日本再生の道であると思うのですが、みなさんはいかがでしょうか。
お読みいただき、ありがとうございました。

↑ ↑
応援クリックありがとうございます。
講演や動画、記事などで有償で活用される場合は、
メールでお申し出ください。
nezu3344@gmail.com

