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◆【お知らせ】◆
7月15日(土)18:30 第42回 倭塾 公開講座
7月17日(祝・月)18:30 CGS公開講座(幕末史)
7月23日(日)14:00 第1回 名古屋倭塾 公開講座(古事記)
7月27日(木)18:30 第17回 百人一首塾 公開講座(百人一首)
8月 9日(水)18:00 新潟県新発田市講演(古事記)
8月13日(日)14:30 東京・世田谷講演(古事記)
8月15日(火)14:30 ねずさんと靖国神社昇殿参拝
9月 2日(土)18:30 第18回 百人一首塾 公開講座(百人一首)
9月17日(日)13:30 第43回 倭塾 公開講座(古事記)
10月 1日(日)11:00 日心会『ねずさんと古事記』出版を祝う会(古事記)
10月19日(木)18:30 第19回 百人一首塾 公開講座(百人一首)
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天照大御神が太陽神だということは、いまではほとんど常識となっていることです。
古事記においても、天照大御神が天の岩屋戸にお隠れになられたときの状況を、次のように記述しています。
「高天原(たかあまのはら)皆暗(みなくら)く、
葦原中国(あしはらのなかつくに)悉(ことごと)く闇(くら)し。
此(これ)に因(よ)りて常夜(とこよ)往(ゆ)く。
是(ここに)於(お)ひて万(よろず)の神の声は
狭蝿那須(さばへなす)(此二字以音)満(み)ち、
万(よろづ)の妖(わざわひ)悉(ことごと)発(おこ)りき」
「常夜(とこよ)往(ゆ)く」というのは、夜が繰り返される→昼にならないということですから、古事記が記述された1300年前にも、天照大御神は太陽そのものであるというような認識があったということがいえようかと思います。
そしてこのことは、実はものすごく日本人にとっての「神とは何か」という考え方を象徴しています。
あたりまえのことですが、人も生物も、太陽があるから、食べたり生きたりすることができます。
そして生きているから悩むこともできます。
人々の共同体の運営のための政治も行うことができます。
したがって、政治上の問題が起きたからといって、その解決を太陽にお願いするというのは、人々の共同体の姿として、おかしなものです。
人々の共同体の中で発生した問題は、人々が自分たちで努力して解決しなければならない問題です。
問題が発生したからといって、その解決を太陽にお願いするというのは、おかしな話です。
ということは、個人が悩んでいるからといって、その解決を太陽にお願いするということも、おかしな話とわかります。
太陽のおかげで生きることができるし、悩むこともできるのです。
その悩みが、解決したい問題なら、それは自分で解決すべきことです。
その自分で行うべき解決を、神様に願い出るということは、それは我儘であり傲慢であり自己中な思考であり、甘えです。
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太陽があるから、生かさせていただいているのです。
生かさせていただいているから、悩みも尽きないのです。
ということは、悩ませていただいていることに、まず感謝するという姿勢が、まず最初です。
そして、そうした感謝の心と姿勢は、自己中ではなくて、人の和を生みます。
解決できない問題などないのです。
解決可能な問題だから、問題として認識されるのです。
人は、ハナから解決できないような問題には、悩んだりしないものです。
悩むということは、解決の可能性があるから悩むのです。
そしてその答えは、神様にすがるのではなく、自分で見つけるべきことです。
そのことを、「神様は、解決できない問題は決して与えたりなどしない」と、昔の人は言ってきたのではないかと思います。
また、このことを通じて、上古の昔からの日本人の神様観を、ほんのすこしばかり理解できます。
神々のおかけで、私たちは生かさせていただいている。
そのことへの感謝が、まず先だということです。
もちろん人には願いごとがあります。
しかし、だからといって、神様に「お願い」をするのは、子供が「おねだり」をするのと同じです。
まして、人間界の悩みなら、それは自分で努力して解決すべき問題です。
その努力のための「決意」を、感謝とともに神々に奏上することは、良いことです。
それは、幼い子が、「ボク、次のテストで100点取ります!」と母に決意を述べることと同じことだからです。
けれど、その子が、「ママ、ボクのテストで(ママが)100点をとってください」とお願いするのは、はっきりいってアホです。
母のおかげで、生きている。生かされている。勉強することも遊ぶこともできる。
だからボクは、一生懸命勉強するね、というのなら、それは良いことです。
しかし、100点とりたいから、ママよろしくお願いします。と言われても、困りものです。
私達日本人は、神々とそのような感謝すべき存在としてきたのです。
努力すべきは、解決すべきは自分です。
そういう思考を、私達の祖先はずっと続けてきたのです。
お読みいただき、ありがとうございました。

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