
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています)
「日本の国のカタチとは」といった話になりますと、たいていの教科書や評論家の先生方の切り口は、「日本は三権分立の国」、「日本は国民主権」、「日本は戦争放棄をうたった国」といった答えが返ってくるようです。
しかしそれらはすべて、単なる戦後の日本国憲法に書かれていることにすぎず、ではなぜそうしたものが日本人に受け入れられ、大切にされてきたのかといった本質論になると、たいていの方が、意外と思考が曖昧なことに気付かされます。
改憲論議は別として、現実論として戦後の日本人が、戦前戦中の生まれの方々を含めて、この「とんでも憲法」と呼ばれる日本国憲法を受け入れてきたのは事実です。
なかでも、日本国憲法の精神として、三権分立、国民主権、戦争放棄は、とても強調されてきたことで、およそ日本史に興味のない方、学生時代にろくに勉強をしてこなかったことが自慢の方でも、この3つ(三権分立、国民主権、戦争放棄)という言葉くらいは、知っています。
つまり、この3つは、それほどまでに日本人にとって常識化しているということです。
それがなぜかといえば、答えは明白です。
そのことが日本の歴史文化伝統に沿っているからです。
「えっ!戦争放棄まで?、いきなりねずさん何を言い出したの?」と仰らずに、もう少しお付き合いください。
「日本のカタチ」というのは、実は三権分立、国民主権、戦争放棄といった上辺のものにあるのではありません。
その根底があります。
それが「シラス(知らす、Shirasu)」です。
日本には、天皇という権力よりも上位の存在があり、国民が「おほみたから」とされてきた国です。
ここに日本の本質があります。
三権分立も、多くの日本人は、それは日本の統治権力の機構であって、そのような流転する権力機構よりも、もっと上位に天皇という存在があるということを知っています。
というより、そのように感じ取っています。
その根底が揺るがないと感じているから、GHQの押し付け憲法であっても、日本人はそれを受け入れたのです。
実際、先の大戦の終戦処理にあたっての一番の問題は、天皇の存在をいかに護り通すかの一点にあったし、明治の大日本帝国憲法の施行に際しても、最大の課題は、「天皇の知国(しらすくに)」という日本のカタチを憲法として確立するという一点に置かれていました。
その一点さえ確保できれば、その余はいくらでも自由民権運動家たちに譲歩して構わない・・・としてできあがったのが、大日本帝国憲法です。
戦後の日本国憲法も同じです。
天皇の存在さえ、きちんと護り通すことができるならば、その余はGHQにいくら譲歩しても構わないと、当時は現実に考えられていたし、それによって出来上がったのがいまの憲法です。
つまり現行の日本国憲法も、明治にできた大日本帝国憲法も、どちらも天皇の存在を確たるものとして守ることを最優先課題とし、それ以外は明治時代なら自由民権運動家、終戦直後にはGHQにそれぞれ譲歩につぐ譲歩をして出来上がっている、いわば妥協の産物ということができます。
その結果、大日本帝国憲法時代には、外地で何があっても、どんなに邦人が苦しめられても、議員たちは選挙区に関係のないことには基本、無関心となりましたし、戦後は戦前の日本に対するただの反日国家であることが、あたかも正義であるかのような風潮を生みながら、やはり議員たちの最大の関心は選挙であり選挙区でしかなく、国際情勢にも、日本人が反日国に苦しめられても、それらに対して、やはり何の関心も示さず、またそれらについて何の責任をも負わないという、哀れとしか言いようのない状況を生んでいます。
実際、戦前も戦後も、日本を貶めようとする海外勢力があっても、これに対して国を護ることをしっかりと議論した議員は、数えるほどしかいないし、それらの議員はむしろ票を落として落選の憂き目に遭うという体たらくです。
本来なら百年後の日本を見据えて本当に国のためになることを考えかつ行動しなければならない国会議員が、現実には選挙区への得票貢献になることしか活躍の場がないというのが現実です。
また、民権運動や左翼に譲歩につぐ譲歩を重ねた結果、いまだに日本では権力と責任の合一性が確立できていません。
本来なら権力を持つ者は、それに見合う責任が求められるのです。
ところが残念なことに、責任を問われない政治が国を動かすという、呆れ果てた状況を生みながら、現実には誰もそれを変えようとしない。
地元の利益や、特定の集団の利益を優先して甘言を弄する者が常に選挙で有利に立ち、国家の現実や政治の責任性を主張する者は票を得ることさえかなわない。
それでまともな良い国など、できるはずもないことです。
日本の根幹には「天皇の知国(しらすくに)」というまぎれもない一点があります。
このことによって、国家権力としての三権は天皇の下に置かれ、国民は天皇の「おほみたから」であると規定されることによって、民衆は権力からの自由を得るのです。
権力者は、権力に見合う責任を持つことで、国民生活は豊かさと安全と安心が保障されるのです。
そしてこの「国のカタチ」があったからこそ、日本は世界最古の国家となり得たし、日本人は互いに思いやりの心を持つ、世界有数の高い民度を持つ国を実現できたのです。
このことは歴史が明らかに証明していることです。
天皇という存在がなければ、当然のことですが、民衆は「おほみたから」という地位を失います。
それでどうなるのかというと、世界の多くの国々の国民がそうであるように、権力者の隷民となります。
それは、民衆が権力者によって、いつ捕まっても、いつ殺されても仕方がないという現実です。
裏返しに言うと、権力を得れば、人を殺そうが捕まえようが、財産を没収しようが、それは好き放題にできる、ということになります。
そして、それら非道を行っても、権力者は責任を問われることがないのです。
なぜなら、権力者が最上位にあるからです。
ということは、日本にいて、天皇の存在を否定する人たちというのは、「人を支配する権力を求め、責任を取りたくない人たち」ということになります。
とんでもないクズなのです。
ものごとを、いまこの瞬間だけに焦点をあてるのではなく、俯瞰的にというか鳥瞰的にというか、空間軸や時間軸を幅広くとって考えると、いままで見えていなかったものが見えてきます。
少し古い話をします。
百済が新羅によって滅ぼされた7世紀、日本は半島に百済救援軍を送り、結果敗退して、国境を朝鮮半島と対馬の間に引くことになりました。
これによって日本は半島南部の権益の一切を放棄することになったのですが、考えてみると、そのことがきっかけとなって、日本は日本文化を独自に発展させることになり、独自の元号も定め、倭国から日本へと国号を転換することになりました。
そしてその後、およそ4百年にわたる平和と安定の時代を手に入れています。
同じ時代に、Chinaや半島が戦乱と収奪に明け暮れていたことを考えれば、結果として、半島の権益放棄が日本にとって、どれだけプラスであったのかは、これは論をまたないことであろうと思います。
その4百年の平和と安定が崩れたのが、平安末期です。
11世紀に入ってから前九年の役、後三年の役、保元の乱、平治の乱、源平合戦と国内で戦乱が相次ぎました。
当時の朝廷の政治家や、御皇室は乱によって多くの人の命が奪われることを嘆き、なんとかして国の平和を取り戻そうと、あらゆる努力を惜しみなく行いましたが、何をしても乱はますます拡大する。
そしてついには、鎌倉に幕府政権ができてしまいます。
ところが私たちは、鎌倉政権ができたわずか82年後には、蒙古が襲来したことを知っています。
この時期の蒙古の威力はすさまじく、モンゴルの平原に誕生したチンギス・ハーンの勢力は、またたくまにユーラシア大陸を席巻し、遠くヨーロッパにまで勢力を伸ばし、おそらく歴史上、英国が植民地支配を最大化したときよりもはるかに大きなエリアを、わずか半世紀で占領、征服してしまっています。
ヨーロッパ方面の司令長官はオゴデイですが、たまたまオゴデイが急死したから元の版図は東ヨーロッパまででとどまりましたが、もしあと一ヶ月オゴデイが長生きしていたら、間違いなくフランス、スペインまで元の大帝国の支配下に置かれたでしょうし、あと2ヶ月長生きしていたら、英国からスカンジナビア半島まで、オゴデイによって征服されていたであろうといわれています。
ちなみに、その後に生まれたロシア帝国は、元王朝の血筋を引くということが、王朝成立の正統性の証明になっていますし、インドに生まれたムガール帝国も、ムガルは、もともとモンゴルと同義です。つまりムガール帝国は、早い話がモンゴル帝国の末裔であるということを、王朝の正統性としていました。
いまのアフガニスタンから中東諸国、エジプトにいたるエリアも、モンゴル崩壊後にモンゴル系の血筋をもって王朝を形成しています。
モンゴルは、まさに世界に影響を与えた大帝国であったし、最強の軍事帝国だったのです。
そのモンゴルを、世界で唯一撃退したのが日本です。
これはすごいことで、どうしてそんなすごいことができたのかといえば、蒙古襲来以前に、日本国内で、源平合戦など、繰り返し大規模な戦闘の(予行演習)がなされていたからです。
もし、平和な貴族政治のままの状態のときに蒙古襲来があったなら、おそらく日本は簡単に元の大帝国に飲み込まれ、また違った歴史となっていたであろうと思います。
戦国時代に鉄砲伝来がありました。
これが16世紀の中頃、つまり元寇からおよそ250年後の出来事です。
この時代、スペイン、ポルトガルは世界を二分する大航海支配時代です。
インカやマヤ文明が、彼らの鉄砲によって完膚なきまでに滅ぼされ、多額の財宝が奪われ、人々は殺され、あるいは強姦されていった歴史は、よく知られたことです。
そのポルトガル人が鉄砲を持って日本に現れたとき、日本は応仁の乱にはじまる戦国時代でした。
戦国武将たちにとって、戦に勝つことは、国を守る最大の課題でした。
ですから彼らは、鉄砲という強力な武器が現れたとき、すぐにこれに飛びつき、またたくまにその鉄砲を国内で大量生産してしまいました。
そして気がつけば、日本は同時代の世界の鉄砲保有数のなんと2分の1の鉄砲を保有する、超軍事大国になっていました。
しかもこの時代、戦費のためにさかんに金(Gold)が採掘されていましたから、結果として日本は、世界最大の金(Gold)保有国であり、しかも世界最大の鉄砲大国であり、世界最大の経済大国、軍事大国になっていたわけです。
そしてその状態のまま、日本は鎖国し、江戸260年の平和と繁栄を築いています。
この平和と繁栄の中で熟成されたのが、武士道であり学問であり、商品先物取引や為替取引といった商業ルールであり工業技術でした。
その状態で19世紀に、黒船がやってきます。
日本は内乱の上、国を開くことになりましたが、この時代、世界のなかにあって、有色人種で完全な独立を保ったのは、世界のなかで日本だけです。
それがなぜできたのかと言えば、日本が江戸260年の間に勤勉革命を実現していたからです。
勤勉であるから、欧米列強に負けない国造りを実現することができたのです。
ところが平和を求めたはずの日本は、その後、日清日露、第一次、第二次の大戦を戦うことになりました。
そしてその結果日本は、世界に500年続いた植民地支配と有色人種からの収奪の世界秩序を崩壊させることに成功しました。
ところがこのことは、当然のことながら、財産を奪われたかつての支配層の人たちからの恨みを買うことになります。
彼ら自身は気取りも誇りも名誉もありますから、露骨な日本批判はしませんが、中共や韓国あたりが日本非難をすると、それがいかに荒唐無稽なものであったとしても、やはり心の底ではひそかに喝采を送ることになります。
そのような状況の元で、日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を誇ったら、これは誰の目から見ても鼻持ちならないものにしかならないし、日本人も威張っている鼻持ちならない日本人になっていったかもしれません。
ところが日本は、ひたすら誠実にコツコツと努力を重ねて日本の戦後復興を行っただけでなく、あきらかに荒唐無稽な非難に対しても、頭ごなしにこれを殴りつけるのではなく、結果として、ただ誠実に話し合いを求め続けてきました。
こうしたことは、ある一線を超えると、日本に対する同情となり、正邪の識別を世界の民意が明確につけていくという方向に向かいます。
おそらくあと10年もすれば、Chinaや半島の無茶振りは、世界中からどうしようもない反感となっていくものと思います。
そしてそれよりもむしろ、自衛力を持つだけで、軍備を持たない日本が、政治経済面で世界のリードオフマンとなっていき、その根幹にある「シラス国」という日本特有の概念が、今後世界に広く普及していくことで、もしかするとおよそ2千年続いた戦乱と支配と収奪の世界の構造が、新しい価値観によって一掃されていく・・・のかもしれないと思うのです。
世界中、どこの国の人であれ、誰もが求めるのは「愛と喜びと幸せと美しさ」のある生活であり、国家という民の集合体です。
けれどこれまでの世界の現実は、一部の人の「愛と喜びと幸せと美しさ」のために、他の大多数の人々の「愛と喜びと幸せと美しさ」が奪われるという構造にありました。
ところが価値観をちょっとだけ変えて、「民こそがたから」、「権力よりも上位の権威」という概念をそこに書き加えるだけで、世界の構造は一変してしまうのです。
今後、日本の中で、なぜ、江戸日本が高い民度を誇ることができたのか。
どうして盗みのない、強姦や暴行のない、そして子供たちがほんとうに可愛がられる社会を実現することができたのか。
そういうことが、研究され、世界に向けて発表されていくことによって、もしかしたら人類は、真実の「愛と喜びと幸せと美しさ」を手に入れる、ほんとうの意味での人事類の理想社会を手に入れることができるようになっていくのかもしれません。
理想社会というのは、それが実現できれば、個人の悩みや葛藤や悲しみや苦しみから解放されるというものではありません。
奈良時代から平安時代にかけて続いた平和な日本社会の時代につくられた百人一首の和歌にあるように、どんなに平和な時代にあっても、人々は悩み、葛藤し、苦しみもがきながら、人生を送ります。
しかし、少し考えたらわかりますが、そうやって悩んだり苦しんだりして人生をすごせること自体が、実はとっても幸せなことです。
なぜなら、戦乱の世では、悩んだり葛藤したりする以前に、命が奪われてしまうからです。
原爆一発で、人々の悩みなど、どこかに消え去ってしまいます。
悩めることが、実は幸せなことなのです。
ですから、ユートピアは、悩みのない世界ではありません。
悩んだり葛藤したりしながら、誰もがしっかりと生きていくことができる社会こそが、私は理想社会です。
そしてその理想社会とは、そうやって悩んだり苦しんだり葛藤したりしている人々を、国家最高権威が「おほみたから」としてくれる社会です。
その権威ある偉大な存在は、絶対に権力を持つ存在であってはなりません。
国家権力者を選ぶ権力はあっても、民衆に対しては、絶対に権力の行使がなされない。
ここが大事なところで、権力者、つまり支配者が民衆を「たから」だと言っても、それは嘘にしかならないのです。
これからの日本人は、日本の歴史文化伝統の根幹にあるシラスという概念に次々と目覚めて行くことになります。
そして日本人が目覚めることによって、日本が目覚めます。
そして日本が目覚めることによって、世界が目覚めます。
そして世界が変わります。
その意味で、いま私たちは、歴史における何千年に一度の「人類史上最大の歴史の大転換期」を目の当たりにしようとしています。
これは実に壮大な、そしてワクワクする出来事です。
お読みいただき、ありがとうございました。

↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

