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横山大観 黎明
20170108 横山大観 黎明
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成人式の季節になりますと、毎年、どこかの都市で、新成人の若者が暴れた等の報道がなされます。
そんな報道だけを見ていると、なんだかまるで日本人の若者が無秩序になっているような印象を与えますが、そんなことはありません。
ほとんどすべての日本人の若者は、式典を晴れやかなものとして秩序正しくすごします。
暴れるのは、どこぞの国から来た人たちか、あるいはその影響を受けてしまった、ごく一部の「気の毒な若者」たちだけです。
元来日本人という民族は、老いも若きも、あるいは子どもたちでさえも、非常に「秩序」を大切にする民族です。
なぜなら「秩序=和の心」だからです。
東日本大震災においても、米国CNNは、震災下でも日本人は「文化に根ざす規律を持っている」と伝えました。
当時東京に滞在していた米コロンビア大学の日本研究者は、
「略奪行為も、食料を奪い合う住民の姿もみられない。
 震災下の日本で守られる規律は、
 地域社会への責任を何より重んじる文化のたまものなのであろうか」
と、大地震における日本人の対応を高く評価しました。
20161205 未来予測フォーラム2017-2

20161026 倭塾バナー

【倭塾】(江東区文化センター)
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第37回 2017/2/26(日)13:30〜16:30 第4/5研修室
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【百人一首塾】(江東区文化センター)
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第11回 2017/1/19(木)18:30〜20:30 第三研修室
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またロシア・ノーバヤ・ガゼータ紙は、ゴロブニン・タス通信東京支局長の記事を掲載し、東日本大震災の甚大な被害にも関わらず日本人が社会的秩序を失わず互いに助け合っていた姿を、
「日本には
 最も困難な試練に
 立ち向かうことを可能にする
  “人間の連帯” が
 今も存在している」
と絶賛しています。
ゴロブニン支局長は、震災を「第2次大戦直後の困難にも匹敵する」大災害だとしながらも、
「重要なのは、他の国ならこうした状況下で
 簡単に起こり得る混乱や暴力、略奪などの報道が
 いまだに一件もないことだ」
と加えています。
震災当日公共交通が止まってしまいました。
都内で働くサラリーマンは、帰宅の足を奪われました。
ゴロブニン支局長は、その東京で、
「人々は互いに助け合っていた。
 レストランや商店はペットボトル入りの飲料水を無料で提供し、
 トイレを開放した」
と「驚きをもって」伝えています。
平時における市民の姿は、世界中、どこの都市でも変わりはないのです。
ニューヨークでもロサンゼルスでも、パリでもロンドンでも上海でも、立ち並ぶショップの前に人々が群がり、道行く人々は笑顔で会話を弾ませ、ビジネスマンは忙しそうにカバンを持って歩いています。
平時の姿は世界中どこの都市も同じです。
けれど一朝、事あったとき、そうした人々の姿は一変します。
ロスの地震、メキシコの地震、四川の地震等々、それまでは普通の市民だった人々が暴行、窃盗、強盗、強姦魔の集団と化しました。
哀しいことですが、これが世界の現実です。
ところが日本では、あれだけの地震、津波、原発による被害にもかかわらず、国民は実に整然としていました。
当時の民主党菅内閣の対応は、まさに無能そのものだったし、世界各国ならとっくの昔に民衆の暴動が起こっても不思議がないくらいに酷いものでしたが、日本国民は冷静に秩序を保ちました。
これこそが、日本人が本来持つ品格であり、日本民族のDNAにしみこんだ優秀性(あるいは特異性)です。
それが事実であり、いまや世界がそれを認めています。
認めようとしないのは、特亜と呼ばれる三国と、日本国内にいてその三国の人たちの影響を受けた残念な日本人と、その三国の出身者たちくらいなものです。
考えてみれば、鎖国をし、諸侯が治める藩に別れ、まさに地方分権政治そのものであった日本が、黒船来航とともに国内をあっという間に統一させ、
そのわずか二十七年後には日清戦争で「眠れる獅子の大国」とみなされていた大清帝国を打ち破り、
続いてその十年後には、二十倍の国力を持つ大国ロシアと互角に戦って勝利を収め、
それから十年後には第一次世界大戦に参戦し、太平洋の国々を領土に治めて善政を敷いただけでなく、講和会議の席上、世界ではじめて日本が「人種の平等」を公式に説きました。
大東亜戦争で日本はなるほど国土を焼土と化しました。
けれどアジアの国々はおろかアフリカの諸国に至るまで西欧の植民地支配を脱しています。
植民地支配下にあった諸国が独立を手に入れることができた背景には、まちがいなく日本の勇気ある活躍がありました。
国土を焼土と化し、まさに瓦礫の山となった日本は、戦後すぐの時点では世界の最貧国です。
ところが超のつく貧乏国となった日本は、わずか十年後で国土の建設復興の多くを終わらせると、さらにその十年後には高度経済成長を遂げ、世界の経済大国の仲間入りを果たし、さらにはGNP世界二位の世界の強国となり、いまや世界の債権国となっています。
短期間にこれだけの成長を遂げた国は、人類史上、他に類例がありません。
いま、世界中で日本製品といえば、高品質の代名詞です。
日本人といえば、礼儀正しく、信頼できる人種の代名詞です。
おかげで日本人を偽装する人種まで登場しているくらいです。
なぜ日本人が優秀なのか。
その理由は、日本人が「秩序」を大切にする「和の民」であるからです。
なるほど制限速度四〇キロの道路を時速六〇キロくらいで走ったりするのも日本人だけれど、それは「きまり」を大切にするというよりも「交通の流れ」、すなわち「秩序」を大切にしているからです。
それが証拠に速度違反で白バイに捕まると、たいていの日本人は理不尽だと思いながらも、頭をかきながら素直に切符をもらいます。
日本は、大東亜戦争によって国家が解体された昭和二〇年から昭和二七年までの間、独立した国家ではありませんでした。
当時の日本は、「連合国統治領日本」という「エリア」でした。
その間日本の支配者となったGHQは、日本の憲法や政治、教育を根本から解体し、愛国心は悪、国を守る思想は悪、公徳心を持つこと、伝統や文化を大切にすることも悪だという認識を日本国中に広めました。
逆らう者は容赦なく公職追放されました。
そして日本には、人間として国家として、万国共通の「あたりまえ」の常識さえも非常識とされるレールが敷かれました。
レールが敷かれたのは、たったの七年間の占領統治時代です。
けれどそのときに敷かれたレールを、後生大事に六十年も守り続けているのも日本人です。
なぜなら日本人は「秩序」を重んじ「和」を大切にするからです。
たとえ理不尽であっても、たとえ間違っていても、いったんそれが「秩序」として確立されたなら、それを守ろうと精一杯努力します。
けれどそのことが結果として、日本社会を「破壊」と「闘争」のルツボに引き入れ、大震災という災難からの復興さえもままならない様相を招いているなら、もうそろそろ日本は、日本社会の秩序の根幹となっているそのレールを敷き直す時期にきていると思います。
日本人が持っている本来の美質と社会のルールが齟齬をきたし、それが修復不能なまでに社会を混乱させ、日本社会の発展さえも犠牲になっているのです。
いま私たちに必要なことは、日本人として父祖から受け継いだ日本の心を取り戻し、日本社会のルールそのものを変革することだと思います。
冒頭に「気の毒な若者たち」と書きました。
これには身近なところに実例があります。
その少年は、ちょっと気は強いけれど、とっても真面目で優秀な子だったのです。
ところが中学に入ったとき、日本人でないけれど日本人の名を持つ同級生ができました。
いわゆる不良と呼ばれる子です。
彼らは、上下関係と支配と隷属にしか価値観を持ちません。
少年は持ち前の正義感で抵抗したのですが、ある日、彼らに暴行を受けてしまいます。
普段、めったに喧嘩をしない少年と、喧嘩慣れした彼らでは、勝負は明らかだったのでしょう。
少年は敗け、周囲の眼も彼らへの恐怖からか、少年に冷たいものとなりました。
少年は悔しくて勉強に手がつかなくなりました。
成績は下る一方でした。
そんなときに、もし少年が武道と出会っていれば、また別な人生があったかもしれません。
けれど成績の下がった少年は、気がつけば彼ら不良たちと一緒に非行に走っていました。
頭髪は茶髪になり、さらに複数の色に染められました。
少年は一端の不良を気取りました。
けれど、根っからの不良ではありません。
ですから不良仲間からも浮いた存在でした。
少年が目覚めたのは、高校を卒業し、社会人となって10年ほど経過したときでした。
同じ職場にいた先輩のA君から、
「馬鹿でもいいじゃないか。俺たち日本人なんだ。俺達が日本を支えているんだ」
と言われたとき、ガツンと衝撃を受けたのだそうです。
少年は、真面目に仕事に打ち込み、結婚し、子が生まれました。
いまは独立して小さな料理店を営んでいます。
彼は言いました。
「決して人のせいにするわけじゃありませんが、
 まったく価値観の異なる人と出会い、喧嘩に敗けたことで
 自分は20年の歳月を棒に振ったように思います。
 いまは自分が日本人であることに誇りを持っています。」
お読みいただき、ありがとうございました。
※この記事は2011/6/27のリニューアルです。
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