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20170101 今上陛下

元旦の宮内庁ホームページにおいて、天皇陛下の新年にあたってのご感想と、新年の御製5首が公開されました。
以下にその内容を転載したいと思います。
本来であれば、こうしたことは、メディアが長い時間を割いて、元旦の放送にすべきことなのです。
陛下の新年のご感想の全文を放送し、
また、陛下の御製を前に、コメンテーターの人々が、陛下の御製の持つ深い意味について、互いに語り合う。
そのような特別番組が、元旦くらい、繰り返し放送されても、ぜんぜんおかしくないことです。
ところが実際には、朝から晩まで、ただ馬鹿騒ぎしているだけの、あまりにもくだらない番組のオンパレードです。
あまりにくだらなすぎて、いまどきは小中学生の子供たちまで、ほとんどテレビを観ません。
さすがにテレビ世代のおばちゃんたちさえも、「お正月はどこもテレビはロクな番組がないわねえ」と言い出す始末です。
テレビ局にも、少しは考えていただきたいものだと思います。
さて、天皇陛下の新年に当たってのご感想と御製について、その全文を以下に掲載し、おそれおおいことですが、他にだれもしないので、私なりのその読み取りをしてみたいと思います。
ねずごときが生意気だと思われるかもしれませんが、他にどこもしてくれないので、自分でするしかないのです。
ご不快に思われたら、ごめんなさい。
20161205 未来予測フォーラム2017-2

20161026 倭塾バナー

【倭塾】(江東区文化センター)
〒135-0016 東京都江東区東陽4丁目11−3
第36回 2017/1/14(土)13:30〜16:30 第4/5研修室
第37回 2017/2/26(日)13:30〜16:30 第4/5研修室
第38回 2017/3/18(土)18:30〜20:30第4/5研修室
【百人一首塾】(江東区文化センター)
〒135-0016 東京都江東区東陽4丁目11−3
第11回 2017/1/19(木)18:30〜20:30 第三研修室
第12回 2017/2/ 9(木)18:30〜20:30 第三研修室
第13回 2017/3/23(木)18:30〜20:30 第三研修室


 ***
【天皇陛下の新年に当たってのご感想】
昨年は戦後70年という年に当たり、
多くの人々が先の戦争に思いを致した一年でした。
新年を迎え、改めて国と人々の平安を祈念します。
東日本大震災から間もなく五年を迎えようとしています。
未いまだそれまで住んでいた地域に戻れずにいる人々や、
仮設住宅で苦労の多い生活を送っている人々があることが案じられ、
こうした人々が寒さの厳しい冬を健康に十分気を付けて過ごされるよう、
そして、被災地域の復興が少しでもはかどるよう、願っています。
私どもの住む日本は誠に美しい自然に恵まれる一方、
自然災害を受けやすい環境にあり、
今年も日本人一人ひとりが防災の心を培うとともに、
お互いが気を付け合って、
身を守る努力を続けられることを心より希望しています。
本年が日本と世界の人々にとって幸せな年になることを祈ります。

 ***
【平成二十八年 御製五首】
◯第六十七回全国植樹祭
 山々の囲む長野に集ひ来て
 人らと共に苗木植ゑけり

 天皇皇后両陛下は、昨年六月、
 全国植樹祭御臨場のため、長野県においでになりました。
 この御製は、その折にヒノキ、ウラジロモミ及びコウヤマキの苗木を
 お手植えになったときのことをお詠みになられています。
◯第三十六回全国豊かな海づくり大会
 鼠ヶ関(ねずがせき)の港に集ふ漁船
 海人びと手を振り船は過ぎ行く

 昨年の全国豊かな海づくり大会は、
 九月に山形県で開催されました。
 海上歓迎行事及びご放流行事の会場となった
 鶴岡市鼠ヶ関港において、
 山形県内の様々な漁法を行う漁船が
 天皇皇后両陛下や列席者の前を通って
 沖へ向かったときのことをお詠みになったものです。
◯第七十一回国民体育大会開会式
 大いなる災害受けし岩手県に
 人ら集ひて国体開く

 昨年年九月末から十月にかけて、
 天皇皇后両陛下は、東日本大震災からの復興状況御視察と
 国民体育大会御臨場のため、岩手県を訪問されました。
 被災三県では大震災後初めて開催される国体で、
 犠牲者に対する黙とうに始まる開会式のことを詠まれた御製です。
◯平成二十八年熊本地震被災者を見舞ひて
 幼子の静かに持ち来し折り紙の
 ゆりの花手に避難所を出づ

 天皇皇后両陛下は、昨年五月、
 前月の地震で大きな被害を受けた熊本県をお見舞いになりました。
 この御製は、益城町にて、避難所となっている
 益城中央小学校の体育館をお見舞いになった折、
 小学生の女児から色紙で作った百合の花束を受け取られたときのことを
 詠まれたものです。
◯満蒙開拓平和記念館にて
 戦の終りし後の難き日々を
 面おだやかに開拓者語る

 天皇皇后両陛下は、昨年十一月、
 長野県阿智村にある満蒙開拓平和記念館をご訪問になり、
 満蒙開拓に従事し戦後現地で、
 また、引き上げの途次で過酷な苦労を味わい、
 現在は同館で語り部を務める人らと懇談されました。
 この御製は、今は穏やかな面差しで当時のことを語る人々に
 思いを寄せられ、お詠みになっています。
 ***
陛下は年頭のお言葉でも、また発表された御製においても、我が国が自然災害の多い国であることを繰り返し述べられています。
新年早々に、と言われてしまうからもしれませんが、逆に新年早々だから、陛下は心配しておられるのだと思います。
自然災害が多い国では、
 「いまさえ良ければ」
 「自分さえ良ければ」
という考え方は通用しません。
なぜなら、そのような考え方を持って一時の成功をおさめたり、あるいは富を築いたとしても、まさに地震の一揺れ、火山の噴火、あるいは水害によって、すべては水泡に帰してしまうからです。
早い話、地球が温暖化に向かい、北極や南極の氷が溶けて、水面がたったの5メートル上昇しただけで、いま日本国内にある海に面した平野部は、ほぼすべてが水没します。
同じ高さの津波がきても同じです。
実際に、縄文中期の縄文海進の時代には、まさにいまある平野部は、ことごとく海の下でした。
ですからこのことは、決して絵空事ではないことです。
それだけに、日頃からすべての国民が真面目にコツコツと努力して、食べ物を備蓄したり、復興のための木材を山に育てたり、あるいは防波堤や河川の堤防を築いたり、日常から入念なメンテナンスをしたりといった、努力が、単に個人だけでなく、町ぐるみ、地域ぐるみ、また国全体が、ひとつの共同体として、互いにいつくしみ、助け合って生きていくことが必要な国が、我が国日本です。
いまでは「対立」という言葉は、自己と他者が常に敵対するような意味でしか用いられませんが、もともと、この「対立」という言葉の訓読みは、「ならびたつ」です。
決して敵対するのではなく、互いがちゃんと並び立てるようにしていく。
それが日本で古くから培われた思考であり、文化であり、日本人の気質です。
そういう日本をあらためて自覚していく。
そのことの大切さを、陛下は述べられておいでなのだと思います。
また、御製のなかに、「満蒙開拓平和記念館にて」と題されて、
 「戦の終りし後の難き日々を面おだやかに開拓者語る」
と御製を詠まれた陛下の大御心を、私たちは真摯に受け止める必要があると思います。
満蒙開拓団の人々は、満蒙の地にあってChineseやKoreanによる匪賊にさんざんに悩まされ、戦後日本に復員してくる過程においては、それまで、一生懸命に面倒をみてきた特に朝鮮人が、いきなり手のひらを返したように、日本人に対して残酷な振る舞いを行いました。
それらの苦難を乗り越えて、多くの友や家族を目の前で失いながら、ようやく日本にたどり着いた人たちが、戦後、過ぎた日の辛かった日々の思い出を心に封印し、むしろ現地にいて楽しかった思い出を胸にいっぱいに満たして、おだやかな表情で、その日々を語られたのです。
その日本人を、二度と、悲惨な目に遭わせてはいけない。
和歌は、察する文化です。
「そんなことは、陛下の御製のどこにも書いてない」ではなくて、陛下の短い御製の中から、それは、私達が受け止めなければならないメッセージであると思います。
お読みいただき、ありがとうございました。
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