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←いつも応援クリックをありがとうございます。なぜ人類が誕生したのかには、諸説あるようです。
一般には、猿に何らかの事情で突然変異が起こり、それが定着したのだといわれています。
そうではないという人達もいます。
猿が人に進化などするわけないではないかという人達です。
そのような人たちは、人類は宇宙人が遺伝子操作して造ったというし、人類は神様が造ったのだともいいます。
何が正しいのかは、わかりません。
DNAの解析も、この分野に関しては、まだまだ研究途上のようです。
進化論は、最近では「適者生存が進化を促した」という適者生存説が有力です。
ひと昔前までは、強者生存説が主流だったのですが、最近では、進化によってより環境に適合した種が生き残ったのだとする説が、学会においてもほぼ常識化してきているそうです。
そんな中で、先日ある方とお話をしているときに、
「なぜ猿は人へと進化したのか」
が話題となりました。
以下は「そういう説がある」ということではなくて、あくまでも私個人の持論ですので、どのようにお感じになるかは、皆様にお任せします。
実は私は、猿から人へと進化した理由は、「島に住む猿だったから」と考えています。
人も猿も、食べなければ生きていけません。
つまり食べ物を得る場所が、より環境に適合しようとする進化において、重大な影響をおよぼすと思うのです。
たとえば、山で獲物を採って生活するには、猿のように全身が毛で覆われていたほうが、体を傷つけにくくて、より環境に適合しやすいと考えられます。
森はそこら中に草の葉っぱが出ているし、葉は、結構皮膚を傷つけます。
つまり全身が毛で覆われていたほうが、怪我をしにくくて都合が良いです。
オスは狩りをしますが、山の森は下草がいっぱい生えていますから、二足歩行では葉っぱの端で、大事なところを切ってしまいます。森を駆けるには、四足の方が、大事なところがカバーできて都合が良いのです。
木に登るに際しては、足の指が手の指と同じくらい発達していたほうが、便利ですし、また、両腕の筋力と下肢の筋力が同じくらいあったほうが、木登りには便利です。
そして体毛が発達していれば、衣類の必要もありません。
ところが比較的小さな島に住む猿は、山で小動物を狩るよりも、海で潜って貝や魚を採って食べたほうが、楽に食べ物を得ることができます。
そして海浜が生活の拠点となるなら、濡れた体を乾かすには、体毛が薄い方がより合理的です。
逆に猿のように体毛が濃いと、体がなかなか乾かず、かえって風邪をひきやすくなるし、病気になれば生き残れるチャンスは減りますから、体毛のより薄いものが生き残り適者生存をしていったと考えたら納得がいく話になります。
小さな島がより生存に適しているということにも理由があります。
海は強風で荒れたら、貝も魚も採れません。
けれど、北から風が吹いたなら、島の南側に行けば、海は凪いでいます。
南から風が吹いたなら、島の北側に行けば、海は凪いでいます。
つまり四方を海に囲まれた島の方が、生活がしやすいのです。
そして海で貝を採ったり、ウニや魚を採ったりするなら、足より手が発達していることが必要です。
そして木登りの必要のない足指は退化するし、海で泳ぐことを考えたら、足の甲は幅が広くて大きい方が、海に潜るには楽です。
なにせ、いまでも潜水するときは、足にヒレを付けるくらいです。
また、海で魚を採るためには、釣り針が必要になるかもしれません。
釣り針には、あたりまえのことですが、細くて丈夫な釣り糸が必要です。
そして古代においては、その釣り糸には、女性の長い髪の毛が用いられました。
というか、それ以上に細くて丈夫な良い糸は、入手できません。
ですから、女性の髪の毛は、長く進化しました。
これもまた猿とは大きく異る点ですが、食べ物を得るために髪の長い女性が好まれたというのは、十分にありえる話なのではないかと思います。
このように書きますと、「いやいやそんなことはない。ミトコンドリア・イブの解析から、人類の始祖はアフリカの中央部、いまのコンゴあたりにあったのだ。つまり内陸部にあったのだ」という声が聞こえてきそうです。
けれど、その場合、アフリカ中央部の自然環境が、体毛の濃い猿から、毛のない猿へと進化した理由の説明がつきません。
むしろ、島で誕生した毛のない猿が、陸にあがるようになり、内陸部で生活できる段階にまで進化したあとになってから、そういう場所に生息しはじめたのだと考えた方が、より合理的なのではないかと思います。
実は、そのような考えに至った理由は、古事記にあります。
古事記では、伊耶那岐、伊耶那美の二神がはじめに降り立ったのはオノコロ島であったと書かれています。
つまり、人として最初に生活をはじめたのは、島だと書いているわけです。
なるほど、これは実に合理的な説明だと思いました。
そして、もしそうであるとするならば、人類はアフリカ中央部で誕生して世界へと広がったのではなくて、どこかの島で、長い年月をかけて猿から進化し、次第に行動範囲を広げて大陸へと進出し、そこから世界へと広がって、それぞれの地域に適合するように進化し、たまたま古代のままの純血種が中央アフリカに生き残ったということが、真実であるのかもしれません。
現世人類の誕生は、いまから4万年ほど前だと言われていますが、日本では島根県出雲市で約12万年前の石器が発見され、また約3万年前の人骨が沖縄で発見されています。
そして最近の研究では、ネアンデルタール種のDNAの痕跡を最も多く残しているのが日本人だという結果をドイツの学者が発表しました。
この分野は、まだまだ研究が進められている分野です。
今後、様々な研究によって、いろいろなことが明らかになってくるものと思います。
宇宙創世を解き明かした超弦理論の創始者のひとりとされる南部博士は、古事記に記載された創世の神々の名から、ビックバン以前の宇宙の情況を解き明かすヒントを得たとも言われています。
もしかすると人類創生の謎も、古事記が世界の最先端考古学に影響を与えてこれを解き明かすことになるかもしれません。
夏休みといえば、お盆の帰省や、家族旅行などで、お子様やお孫さんと接する機会も多いのではないかと思います。
そんなときに、晴れた大空や青い海を見ながら、
「太古の昔・・・・
男女二匹の猿が嵐で海に流された。
小さな島にたどり着いたんだ。
二匹は愛しあった。
そしてたくさんの子を生んだ。
その子どもたちがな、
数百年か数千年の時を経て、
島での生活になじむために、
毛のない猿に進化した。
そして船を作った。
その船でな、
沖に見える大きな島(大陸)へと向かった・・・。」
・・・・のかもしれないね」などと、語り合ってみられたらいかがでしょうか。
子供たちの想像力を刺激し、夏休みの自由研究の、ひとつの材料になるかもしれませんよ^^


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