■オーディオブック■
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人! 第二巻: 「和」と「結い」の心と対等意識』
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【CGS ねずさん】
第5話 学校では教えてくれない百人一首 〜和歌を学ぼう!〜

CGSというのは、チャンネルグランドストラテジーの略で、龍馬プロジェクトの神谷宗幣さんがメインキャスターとなって、「学校では教わることのない、しかし社会人として、また日本人として身につけておくべき教養を、日本のこれからを作っていく若い世代が身につけるためのチャンネル」で、これまで、杉田水脈先生、藤井聡教授、倉山満先生、長谷川三千子先生、宮脇淳子先生など、多くの先生方と対談を重ねておいでのチャンネルです。
動画は1回の動画が10分程度で上手に編集されていて、対談形式でわかりやすく、視聴しやすいものに仕上がっています。先日、日台の親善のためのアジア交流大会にお招きいただいた際、そこで神谷先生にお会いし、番組に出演させていただくことになりました。10話収録し、そのなかの5話が、昨日までに毎日連続でアップされています。よろしければご視聴いただければと思います。

【CGS ねずさん】
第5話 学校では教えてくれない百人一首 〜和歌を学ぼう!〜
http://youtu.be/2heX-uqiHrU?list=UUNkl6sk3xpHcSpIfiuV2AIA
第4話 紫式部が言いたかったこと
http://youtu.be/0zfdt9QFmz0?list=UUNkl6sk3xpHcSpIfiuV2AIA
第3話 君が代の真意とは!? 〜「君」に宿る意味〜
http://youtu.be/-M5F1fCpRAM?list=UUNkl6sk3xpHcSpIfiuV2AIA
第2話 日本人はなぜ自国を好かぬのか〜誇るべき日本人の心〜
http://youtu.be/mlhG0-PxSXo?list=UUNkl6sk3xpHcSpIfiuV2AIA
第1話 日本人としての誇りを持とう!
http://youtu.be/dozWTi0B7js?list=UUNkl6sk3xpHcSpIfiuV2AIA
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Vol.0146
教育学部は予備校か?
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前回のメルマガで大学教育の在り方について書きましたが、今回はそのなかでもとくに教育学部に焦点をあててみたいと思います。
ひとことでいえば、いまの大学の教育学部というのは、教員免許を取得するための、ただの予備校なのか?という疑問です。
なるほど教師になるためには、教員免許を取得しなければならず、そのために教育学部に入学する。
それが戦後日本の常識です。
けれど戦前、戦中の日本では、そもそも教育学部なるものは存在さえしていなかったのです。
では、教員になるひとたちは、どこで学んだかというと全国の「師範学校」です。


「師範」というのは、手本となる人のことで、もともとは剣術などの武道の道場から門下生を指導する者に対して与えられた称号です。
道場で学び、心技体が整ったと師匠に認められると、そこではじめて流派を名乗って道場を開き、弟子をとることが許されました。
流派を名乗って道場を開き弟子をとる者は、「師匠・師範」等と呼ばれました。
これは寺子屋でも同じですが、師匠・師範は、生徒たちにとって人生の模範であり人生の師匠でした。
それはつまり、戦後における「数学を教えてくれた先生」といった、単にテストの問題を解く技法を教えてくれた教師というのではなくて、その生徒の人生そのものの師匠となりました。
「師範学校」は、明治5年(1872)に「学制」が敷かれたときにできたものです。
「学制」の目的は、帝国臣民としての心得と実学を学ぶものでした。
「人能ク其才ノアル所ニ應シ勉勵シテ之ニ從事シ而シテ後初テ生ヲ治メ産ヲ興シ業ヲ昌ニスルヲ得ヘシサレハ學問ハ身ヲ立ルノ財本共云ヘキ者ニシテ、人タルモノ誰カ學ハスシテ可ナランヤ。夫ノ道路ニ迷ヒ飢餓ニ陷リ家ヲ破リ身ヲ喪ノ徒ノ如キハ、畢竟不學ヨリシテカヽル過チヲ生スルナリ」と書かれています。
そして「師範学校」は、授業料が無料でした。それどころか生徒の衣食住の生活も保障されました。
ですから勉学優秀、身体頑健でありながら、家が貧しくて学校に行けないような子女でも、師範学校ならば、親に面倒をかけずに学ぶことができました。
当然、競争率は高くなります。まさに狭き門です。
けれども、いったん入学すれば、そこでは東大一流の護国の信念を持った教授たちによって、ひとりひとりの生徒が、まさに教授たちと寝食をともにして、徹底的に鍛えられました。
そうして育っていった若者が、教師として全国の小中学校や高校に教師として巣立って行ったのです。
当時の大学教授たちが書いた本をみると、もちろん外国書籍の翻訳本もありますけれど、基本、引用なんてものはありません。
教師がみずからの師匠の教えに従い、自分の足で調べ、自分で考え、自分の努力で勝ち取った知識が本に満載されていました。
ですからたとえば『古事記』を教えるとなれば、その古事記の文をただ翻訳したり、誰かの解説をただ引用したりするのではなく、その教授自身がそこから何を学び取ったのか、なにをもって大切なポイントとするのかが、教授自身の言葉で語られていたのです。
だから授業がおもしろい。
まさに大先輩の知見そのものを学ぶのです。だから講義に感動がある。
そして教えを受け、全国の学校に巣立っていった若者たちは、その感動を授業にしたのです。
だから授業がおもしろい。
だから生徒たちは、毎日、片道5キロも6キロも歩いて、雨の日も風の日も、雪の日だってワクワクしながら学校に通いました。
授業が楽しかったのです。
授業を受けることで、日々、自分のなかで何かがはじける。感動がある。
だから生徒たちは、親が田植えで、「今日は学校を休め」といわれると、泣いたのです。
田植えが嫌だからではありません。
学校で、今日の師匠の授業を受けれないことが残念だったのです。
(以下略)
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