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■ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!第二巻「和」と「結い」の心と対等意識
2014/04/12発売 ISBN: 978-4-434-18995-1 Cコード:C0021 本体価格:1350円+税 判型:四六 著者:小名木善行 出版社:彩雲出版 注文書はコチラをクリックしてください。
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■ねず本第二巻の「立ち読み版」が公開されました。
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■新刊ラジオでも紹介されています。ねずさん本人も出演しています。

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いまの日本には、天皇のもとに、日本国政府しかありません。
その政府というのは、司法、立法、行政を司るところです。
昔は、その機能の総代として、日本に「太政官」が置かれていたことは、みなさまご承知の通りです。
ところが、以前にもお話しましたが、かつての日本には、その「太政官」と並立する組織機能として、もうひとつ、「神祇官」が設置されていました。
「太政官」は、政治を司り、政治に責任を持つところです。
これに対し、
「神祇官」は、祭祀を司り、祭祀に責任を持つところです。
これをわたしたち民衆の側からみると、近隣とのトラブルを解決したり、道路や橋を架けたり、そのための収税をしたりする、つまり政治をするのは「太政官」なのですが、日常的村祭りの運営や、自治会の運営や、地域での屋根葺きや雪下ろしなどの活動は、古来、神社を通じて行われてきました。
もっと平たくいうと、太政官は、主に納税やトラブルのときにしか庶民に関係しませんが、お祭りなどの町や村の行事に関しては、すべて神祇官の統治によって、運営されてきたのが日本社会であったということです。
ですからこれを庶民の側からみたら、日本国内の統治は、政治と神事の二本(にほん)立てです。
だから、日本は「にほん」です。
それが古来からの日本のカタチです。
憲法改正論議が盛んですが、私は、天皇のもとに、政治を司る日本国政府と同じ高さの位置づけに、やはり神祇官を設置すべきだと思っています。
なぜなら、神祇官が、日本古来の地域結合体、地域協同体としての柱になるものであるからです。
大規模震災などの非常時が起こったとき、日頃からの地域の結合体が、どれだけ人の命を救うかは、東日本大震災や、大規模水害などで、わたしたち日本人が身近に経験してきたことです。
そういう地域結合体を復活させることは、災害対策という面においても、これは必要なことと思います。
神祇官は、神道に根ざします。
ですので、信教の自由に反するのではないかというご意見もあろうかと思います。
けれど、それは違います。
神道は宗教ではありません。
日本古来の歴史伝統文化の基礎をなす、日本のアイデンティティそのものです。
そして、宗教などという言葉が生まれるずっと以前から存在するものです。
そもそも「宗教」というのは、英語の「Religion」の翻訳後として幕末頃に生まれた単語です。
「Religion」は、ラテン語で「ふたたび」を意味する「re」と、「結びつける」という意味の「ligare」が組み合わさってできた単語で、「神と人とを再び結びつける」という語彙の単語です。
ですから人々が幸せになるために、仏教の仏様と再び結びつこうが、キリストやイスラムの神様と結びつこうが、それこそ信教の自由で良いのです。
けれど、日本人であるということは、日本の歴史伝統文化に基づくアイデンティティの上に日本人としての立場があるわけで、その日本の歴史伝統文化の基礎をなすものが、神道そのものであるわけです。
ですから、神道は、いわゆる「宗教」とは異なる、宗教以前のものということができます。
そもそも神道においては、「神と人とが再び結びつく」必要さえありません。
森羅万象、イワシの頭から手にしたスマホにいたるまで、すべてそこには神々が宿るというのが、日本人の考え方です。
そしてそうした考え方は、全て神道に由来します。
つまり、神道は、日本人のアイデンティティそのものです。
ですから(やや繰り返しになりますが)、人が幸せになりたくて、あるいは願いを叶えたくて何かの宗教や信仰にすがるのは、それぞれの自由です。
けれども、日本人であること、互いに協力し合い、和と結いを大切にする社会を築くこと、そういう面では、宗旨が違うから協力できませんでは済みません。
現に、国内にあるどの宗教の神様を拝もうが、その人には納税の義務があるし、義務教育が課せられています。
そういう意味で、日本が日本の本来の姿を取り戻すのに際して、政治を司る日本国政府を天皇のもとにきちんと返すということと並んで、日本国政府と並立する機構組織として、神祇官をあらためて復活させるべきと、私は思います。
戦前は、その役割は、宮内庁に所属する神社庁が担いましたが、戦後、その神社庁は行政機構から外されてしまいました。
これは、とんでもないことだと思うのです。
同様に、宮内庁が政府機構の中に置かれているということも、これまたおかしなことと思います。
日本国天皇は、日本国の君主であり、日本国政府よりも上位におわす存在です。
その天皇のご皇室の御用を勤める宮内庁が、日本国政府の管轄下に置かれているという事態自体が、考えてみれば異常なことです。
なぜならそれではまるで、日本国政府の管理下に天皇の存在があるかのごときだからです。
そういう意味で、宮内庁と神社庁は統合し、日本国政府とは別な組織として、あらためて神祇官を再建することを提案したいと思います。
政治は、もちろん日本国政府が行います。
けれど、村祭りや、町のお祭り、たとえばねぶた祭りや阿波踊り、あるいは三社祭、だんじり祭りなどは、政府のおこなう行事でしょうか?
そうではないはずです。
いまでも神社が中心となって、それらの祭りは行われています。
そして祭りは、地域結合体の象徴でもあります。
あるいは初詣があります。
それは政府の行う行事ではないし、宗教行事でもありません。
わたしたち日本人の感謝の心の年中行事のひとこまです。
そうした祭祀は、願いを叶えるための信仰ではありません。
おそらく日本中の誰も、阿波踊りをしたら、願いが叶うなんて思っていないと思います。
つまり信仰ではない。
これらは祭祀なのです。
そうした祭祀を、全国にある神社とともに司る。
それが神祇官です。
私は、新憲法樹立に際して、ぜひとも、本来の日本の姿を取り戻すために、神祇官を復活させていただきたいと思っています。

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