■ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
http://www.mag2.com/m/0001335031.htm
人気ブログランキング
 ↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

世界史年表

誰しも人生を振り返れば、たくさんの失敗や小さな成功の繰り返しをしています。
それが人生における経験です。
その経験のひとつひとつについて、それが「いつ、どこで、誰と、何を、どうして、どうなった」という5W1Hも、もちろん大切なことです。
けれど、それ以上に、その経験から自分が何を得たのか、何を学んだかは、もっと重要なことです。


たとえば中学生のときに殴り合いの喧嘩をした。
それが何年何月何日何時何分のできごとで、喧嘩をした場所がどこで、誰と喧嘩して、それがなぜ起こって、どういう殴り合いになって、結果どうなったか、そのひとつひとつは「事実」として大切なことに違いありません。
けれど、自分の人生において必要なことは、そうした細々とした事実以上に、そこから「何を学んだか」、それを「どう活かすか」の方が、もっと重要です。
同じことは民族の歴史についてもいえます。
「いつ、どこで、誰が、何を、どうして、どうなった」という個々の史実の詳細や研究はもちろん大切なことです。
けれど、そこから今を生きる私たちが「何を学ぶか」、その史実を「どう活かすか」も、同じくらい大切なことです。
この二つ仮に「学問としての歴史」、「経験としての歴史」と呼んでみます。
「学問としての歴史」は、事実を史料に基づいて正確に調査し検証していくことです。
まさに「いつ、どこで、誰が、何を、どうして、どうなった」を仔細に検証することであり、それは証拠となる史料の積み重ねによって行われます。
まさに学者の先生方にとっての歴史が、この「学問としての歴史」であり、堅実かつ堅牢な史実の調査研究によって、事態を明らかにしようとします。
これは例えば悪いですが、警察の犯罪捜査に似ています。
さまざまな証言や文献を集め、鑑識課が種々の調査をして、事件を鮮明に再現し、事態の特定を図る。
まさに歴史研究者の行う調査研究と同じことです。
民族の「経験としての歴史」は、そうした「学問としての歴史」とは、すこし方向や目的が異なります。
なぜならそこから「何を学ぶか」が課題となるからです。
なぜ「学ぶ」かといえば、それは今をより良く生き、良い未来を築くためです。
失敗も成功も経験のうちです。
その経験を活かしてこそ、未来は拓けます。
この「経験」を無視すると、すべての世代が、常に「ゼロからのスタート」になってしまいます。
同じ失敗を同じように何度も繰り返す。
背の高い人がドアを通るとき、おでこの高さが鴨居(かもい)より高ければ、腰を屈めない限り、おでこをぶつけることになります。
ドアを通ろうとする、おでこをぶつける。
またドアを通ろうとする、おでこをぶつける。
さらにまたドアを通ろうとする、おでこをぶつける。
そんな様子を見ていたら、誰もが、その人は馬鹿か気違いだと思うことでしょう。
同じ失敗を何度も繰り返していたら、それはバカです。
ですから次に通るときは、ちゃんと腰をかがめて、額がぶつからないようにする。
自分だけでなく、次に通る人がぶつからないように、後ろの人に声をかけたほうが良いかもしれません。
張り紙をするかもしれない。
万一ぶつかっても、怪我をしないように、かもいのところに緩衝用のクッションを貼付けるかもしれない。
そうやって経験を活かすことで、私たちはより良い社会を築きます。
そしてそうした経験の積み重ねを、未来に伝える。
あるいは自分たちが生まれる前に、ご先祖が経験した様々な事柄から、何かを学び取る。
実は、歴史研究を専門にする人以外の、一般の多くの人々にとって大切なのは、まさにここにあります。
一般の人々にとっては、「学問としての歴史」もさりながら、歴史を経験として活かす「経験としての歴史」の方が、より重要性が高いのです。
どこかの国の歴史は「プロパガンタ」であるといわれています。
その国では、歴史は単に民衆の洗脳と煽動のためだけにあるかのようです。
せっかくの先人達の営みから、謙虚に学び、そこからいかにしたら民衆の幸せを築くことができるかという視点など、まったくありません。
ごく一部の政治屋が、自己の利権の拡大のためだけに、歴史を変造し捏造し、利用主義的に利用する。
ですからその国の歴史は、ことごとく軍記を含めた政治史だけです。
民衆にとって何が大切か、民衆のために何をしたかは、まるで歴史にならない。
つまり歴史という経験が、民衆のためにまるで活かされない。
当然です。歴史を施政者のために利用主義的に利用しているだけだからです。
またもうひとつの国では、歴史は「ファンタジー」です。
ただ「我が民族は凄いのだ」という思い込みのためだけに歴史が利用されています。
そのために、なかったことまで、あったことにされ、そこに冷静さも客観性もありません。
ただ、思い込みたいことを勝手に「歴史」と言っているだけで、それは「学問としての歴史」でもなければ、「経験としての歴史」でもありません。
一方、我が国の戦後の歴史教育は、「学問としての歴史」だけが強調された結果、いわばそれは「警察の鑑識の捜査報告書に記載された事項の丸暗記」のようなものになってしまっているといえます。
その結果、戦後の日本における歴史教育は、ただ年号や史料などによる、ただの「暗記科目」となってしまいました。
そこに人々の働きや動き、悩み、苦しみ、そして大切な「歴史を民族の経験として、そこから何かを学びとること」を失ってしまっています。
民族としての記憶である「民族の歴史」を失うということは、人が、これまで生きてきた人生における経験を失う「記憶喪失」に陥るのと同じです。
記憶を失ってしまった人間が、まともな社会生活を営めないのと同様、民族の記憶(歴史)を失ってしまった民族は、国際社会におけるまともな外交ができないのみならず、民族内にあっても、いわばすべての人が、民族の経験を失った、いわば「ゼロからのスタート」となるわけですから、どう協調してよいのやら、どのような未来を築いてよいのやら、対立が生じたときにどのように対応してよいのやら、まるでわかりません。
歴史の浅い大国といえば、米国ですが、その米国は「個人主義の国」でもあります。
その個人主義の国米国では、歴史という判断の物差しが、ないわけですから、では、トラブルが生じたとき、最後はどうやってトラブルを解決するかといえば、いささか突飛に思われるかもしれませんが、答えは「銃」です。
早い話が、銃社会の米国では、プロパガンタリストや、ファンタジストが喚き散らせば、最後は銃にモノを言わせる。
だから誰もが銃を持ち、武装する。
国家も同様で、兵器という名の銃を持ち、武装する。
武力による力以外に、最終解決の手段を持っていないからです。
日本は、問題が起きてから武力で解決するという選択ではなく、そもそも問題そのものを起こさないことを希求して2700年の国づくりをしてきた国です。
おかげで、江戸時代、享保年間など、20年間にわたって伝馬町の牢屋に収監された犯罪者はゼロです。
なぜそのような国作りを行ったかといえば、日本では古代から、民衆の幸せこそ、国の幸せという考え方を崩していないからです。
では、なぜそのような国作りが可能だったかといえば、神話の時代から面々と続く歴史を学び、歴史から民族が経験した様々な出来事を、それぞれの時代を生きる人々が「学んで」いたからです。
いうことを聞かない者を、武力にものをいわせて征圧するというのは、不幸なことです。
血が流れ、怪我人も出ます。
そこには殺し合いもあるでしょう。
たとえそれが正義のためであり、本人は納得づくであったとしても、その本人の身内や母の悲しみは、言葉で言い尽くせないものがあります。
ならば、日頃からみんなが少しずつ我慢して、問題を起こさないようにしよう。
何かトラブルがあったとしても、神話の神々ですら間違いや失敗をしているのだから、まして凡人の身、赦す心をもって温かさで対応しよう。
そしてみんなが自分ひとりの小さな経験だけでなく、歴史から多くを学び、よりよく生きて行こうとしたのが、日本です。
そうすることで民度の高い国ができ、民度が高いから施政者もその民(たみ)を大切にする。
それが私たちの国、日本のカタチなのではなかったか、と思うのです。
歴史を施政者・権力者のためだけのおもちゃにするプロパガンタや、ファンタジーにされている国の民(たみ)こそ、哀れなものです。
最後は暴力しか頼みの綱のない国というのも、悲しいものです。
私たち日本人には、そのようなことをしなくても、謙虚に学ぶことのできる世界でもっとも古い民族の歴史があります。
そしてその歴史は、単に学問としての歴史だけではなく、歴史を私たち自身の経験として学ぶことで、より一層、良い国、素晴らしい国、そしてより良い私たちの未来が拓けると、思います。
人気ブログランキング
 ↑ ↑
応援クリックありがとうございます。
励みになります。

映画『終戦のエンペラー』では描かれていない真の日本の姿 世界で一番長く続いている国 神道日本

コメントは受け付けていません。