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砲撃で蜂の巣のようになった沖縄-1

今日は、昨日配信した「ねずブロメールマガジン」でご紹介したお話を転載させていただきます。
ちなみに、いま私が発行しているメルマガは、有料版と無料版の2つがあります。
有料版は、「ねずさんのメールマガジン」です。
発行は毎週月曜日で、都度オリジナルの記事が配信されます。
無料版は、「日心会メールマガジン」です。
発行は不定期で、おおむねねずブロの記事が半年遅れで配信されています。
自分で見に行かなければならないブログと違って、メルマガは携帯などに「メール」として直接配信されますので、メールの転送機能を使っての拡散が容易です。
ねずブロは、ブログ本体、Twitter、Facebook、メルマガ、メール転送等によって、記事が拡散されています。


毎日のことなので、記事を書くのがやっとで、ろくに文章の推敲もできず、日々書き殴りで配信していますから、あとで自分で文を読み返すと、ほんとうにお恥ずかしい限りです。
本来であれば、練りに練ったしっかりとした文を発表するというのが、あるべき姿なのかと思います。
けれど、失われた日本の常識はあまりにも多すぎるし、日本を取り戻すという活動の中で、何をどう取り戻すのかという思考の原点となるべき国家観や日本人観、あるいは日本の歴史として知っておくべき、あるいは知らなければならないことは、たくさんあります。
一騎当千という言葉がありますが、そうした「たくさんあること」を、ひとりで拡散にチャレンジするということになれば、「数出す」か「丁寧に出す」か二つにひとつしか方法はありません。
けれど、実にすごいことなのですが、戦後の68年間の間に出版された「保守系の本」というのは、実は、小さな図書館が一杯になるほど、たくさんの本が書かれ、出版されているのです。
本ですから、内容は丁寧に分析され、資料や出典も明記され、何度も推敲を重ねて書籍化されています。
出版までには、それぞれたいへんな時間をかけながら、日本を愛する優秀な方々が、そうしてたくさんの書籍を出版されてこられました。
ところが、それでも日本は左傾化が止まりませんでした。
なぜかといえば、左翼の豊富な物量作戦の前に、日本型の丁寧で精緻な解析本です。
命を削るようにして、丁寧に精緻に書かれた保守系の本。
内容の精度など関係なく、日々垂れ流される左翼の本。
悲しいことに、戦後の流れという軍配は、後者にあがっていたように思います。
産み、増やす。
そのための方法は、自然界には2つの戦略しかありません。
ひとつは「下手な鉄砲数打ちゃ当たる戦略」です。
もうひとつは、「選びぬき戦略」です。
前者は、オスの戦略です。
後者は、メスの戦略です。
そして大切なことは、前者のオス形戦略というのは、一回の放出のためにおよそ3億匹がチャレンジするという点です。
後者のメスは、これに対して、たった1個の卵です。
要するに、「産み、増やす」、つまり「普及し拡散する」という動きをつくるために、戦後行われ続けた保守の「選びぬき戦略」にプラスアルファするならば、「下手な鉄砲数打ちゃ当たる戦略」をするしかない。
もっともひとりで毎日3億の記事は不可能だけれど、一日一話を20年続けたら、7000話です。
ひとりでできるのは、そんなところが限界かもしれないけれど、続けて行けばきっと何かが得られる。
そんな思いで、日々、記事を書き続けています。
おかげさまで、天皇と皇民、インパールにおける日本兵の勇気、満州大豆、半島の猿人、日本の黄金と南北戦争、通州事件など、さまざまなものが、いま、日本の常識として定着しつつあります。
まだまた戦いははじまったばかり。
暑い日が続いていますが、頑張ろうと思います^^
【昨日配信したねずさんメルマガ】
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参議院選挙が終わりました。
なにはともあれ、中山恭子先生が維新の会が逆風となる中で、今回当選にいたりましたことを、なによりも喜びたいと思います。
沖縄戦で大田実少将が、海軍次官宛にこの訣別電報を打たれたのが、昭和20年6月6日のことです。
そしてその7日後の6月13日に、太田少将は豊見城の海軍司令部壕内で自決されました。
このときの電文を口語訳してみます。
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沖縄県民の実情に関しては、県知事より報告があったものと思います。
沖縄県には既に通信力がありません。
三二軍司令部もまた通信の余力なしと認められますので、私は県知事の依頼を受けたのではありませんが、現状をみすごすことができず、これに代わって、緊急で御通知申しあげます。
沖縄島に敵攻略が開始されて以来、陸海軍は防衛戦闘に専念し、県民についてほとんど顧みる余裕がありませんでした。
けれど、私の知る範囲において、沖縄県民は、青壮年の全部を防衛行動にささげました。
残る老幼婦女子たちは、相継ぐ米軍の砲爆撃のために、家屋と財産の全部を焼却され、わずかに体だけを軍の作戦に差支えのない小さな防空壕に避難させていました。
そして砲爆や空爆や風雨に曝されながら、乏しい生活に甘んじたのです。
そんな苦しい情況のなかで、沖縄県の若いご婦人たちは、率先して軍に身を捧げてくれました。
けが人の看護や炊事はもとより、砲弾運びなどの重労働さえも行なってくださったのです。
なかには、挺身斬込隊すら申し出るものありました。
敵が来れば、老人子供は殺されてしまいます。
婦女子は後方に運び去られ、敵兵の毒牙に供せられてしまう。
親子が生別れ、娘を軍衛門に捨てる親もありました。
看護婦に至っては、軍の移動に際して、衛生兵が既に出発して身寄りがなくなった重症者を助けてくれました。
その行動は、生真面目な心からのものであり、決して一時の感情に駆られたものではありません。
さらに軍が作戦の大転換をしたときも、自給自足のために、敵弾の落ち着く深夜に、遠く遠隔地方の住民地区へ、輸送力がまるでないなか、徒歩で黙々として雨の中を移動してくれました。
沖縄県民のみなさんは、我が陸海軍が沖縄に進駐してきて以来、終始一貫して勤労奉仕をしてくれ、物資が乏しく、節約し続けなければならない苦しい情況のなかにあってさえ、ひたすら彼らは日本人としての御奉公の誇りを胸に抱きつつ、我々と行動をともにしてくれたのです。
本戦闘の末期、沖縄島は地形が変わってしまうほどの酷い状態となりました。
一木一草さえも、燃えて焦土と化してしまいました。
もはや、食べ物も、6月一杯を支えるのがギリギリという状況です。
沖縄県民は、ここまで戦ってくれました。
なにとぞ沖縄県民に対し、我々が死んだあとも、後世、特別な御高配を賜らんことを。
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今回の参院選前、テレビなどで政党討論のようなものは、ほとんど行われませんでした。
あっても、討論すれば、まるで大人と子供の議論でしたから、他の野党がまるで太刀打ちできない。
その結果何が起こったかといえば、新聞やテレビなどでは、参院選そのものを、まるで「なかったこと」にされてしまいました。
その結果が、過去最低の投票率です。
選挙が終わったら、こんどはメディアは開票期間中は、まるでお通夜、その後は、コメンテーターに暗い顔をさせて、「しかし」のオンパレードです。
何が目的なのでしょうか。
天下の公器としての報道なら、客観的に右派、左派両方の意見や主張を報道し、判断は視聴者に委ねるのが責務のはずです。
いまどき誰も、
そして大事なことは、そうした自民の組織票さえない維新の中山恭子先生が、維新そのものが橋下発言で沈没するなかにあって、早々に当確を決められたことです。
これは、実は、たいへんなことといえます。
なぜなら、中山恭子票は、中共、韓国、北朝鮮がもっとも警戒し、もっとも怖れる票だからです。
選挙結果は、組織票をもたない中山恭子先生を再選させました。
今回の選挙を、このことはもっとも大きく象徴するできごとであったと思います。
なぜならそれは、日本人が目覚めつつあるということを象徴しているからです。
みなさんには、是非思い出していただきたいことがあります。
それは、日本の航空基地を飛び立った特攻隊員たちが、いったいどこの戦場に向かったのかということです。
彼らは、沖縄の海に群がる米艦隊をめがけて、特攻を行ないました。
当時、米艦隊が沖縄に向けて行なった艦砲射撃は、砲弾のなかに数多くの鉄片をしのばせた爆弾でした。
その爆弾は、地上に激突すると同時に、内部に仕込んだ鉄片を四散させました。
赤ちゃんを背負って砲撃から逃げる若いご婦人が、気がつくと、背中におぶった子供の頭がちぎれていた、そんな悲劇もたくさん生まれました。
沖縄では、そんな酷い艦砲射撃が、毎日毎日、絶え間なく続けられていました。
けれど、その砲撃が、一斉に止むときがありました。
それは、日本の特攻機が、遠くの空から米粒のような小さな姿で表れたときです。
米艦隊は、特攻機めがけた対空射撃一本になり、その間、沖縄本島等の地上への艦砲射撃が止みました。
特攻機に乗っているのは、まだ10代の若者です。
そんな若者が、命を捨てて、沖縄県民を守ってくれる。
機体に日の丸を描いた、その友軍機が現れる都度、沖縄の人たちは、心の中で手を合わせたといいます。
そしてそのわずかな時間に、みんなで逃げたのです。
重症のけが人を背負い、仲間を助け、ご近所のお年寄りを背負って、より奥地の防空壕へと逃れたのです。
沖縄は、激戦の地となりました。
戦争は悲惨です。
けれどその激戦は、沖縄をあくまで守りきろうという、若き日の私達の父祖や、沖縄の人々の願いの中に行なわれたものです。
中共や北朝鮮にとって、歴史は、プロパガンタです。
韓国にとっては、歴史はファンタジーです。
けれど、日本人にとっての歴史は、事実でありヒストリーであり、私達日本民族の価値観の源泉です。
「おきなわ」は、漢字で「沖縄」ですが、語感からすれば「おっきな和」です。
大きな和、すなわち沖縄は「大和」です。
沖縄は、日本です。
絶対に支那などに渡してはならない。
拉致された被害者は、北朝鮮だけではありません。
もちろんこれも解決しなければならない大きな問題です。
けれど日本には、他にも拉致された場所や人たちがあります。
それが竹島であり、公明に拉致された自民であり、占領憲法によって拉致された日本です。
日本を取り戻す。
その戦いは、いま、ようやく端緒についたところです。
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