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いま地元で、小学生向けの地元の歴史の副読本を発行するように、運動をしています。
だいたい、せっかくその土地に住んでいて、その土地のことを何も知らないでいたらもったいないし、もともと誰にでもある郷土愛を健康に育むことって、とても大切なことだと思うからです。
消費者心理というのがあって、有名な言葉に「人はその商品のことを知れば知るほど欲しくなる」というものがあります。
これを上手に使っているのがテレビショッピングですが、たくさんの商品を陳列する商店と異なり、ひとつの商品を詳しく解説することで、購買意欲を駆り立てます。
同様に、人の価値観というのはおもしろいもので、たとえば、カメラ好きな人が何十万円もするカメラをなぜ買うかといえば、そのカメラのことをたくさん知って、そこに対価相当の価値を見いだすからです。
購買というのは、対価を支払う(お金が減る)という苦痛と、商品を購入することによって得る幸せや満足感との交換ですから、そこに価値を見出す、つまりその商品のことを知れば知るほど、ほしくなるわけです。
同様に、郷土愛というものも、自分が生まれ育った郷土のことを知れば知るほど、その郷土が好きになる。愛が芽生え、育まれる。
そうした郷土の歴史や偉人、あるいは地名などを地域の多くの人が知れば知るほど、郷土への愛情が深まるだけでなく、市政への関心も高まるし、また、たとえば駅前の再開発ひとつをとってみても、全国一律の、同じような街並をつくるのではなく、そこになんとかして郷土らしさをもたらそうという動きになると思うのです。
横浜の人たちは、自分たちのことを「ハマッコ」と呼び、地元をとても大切にしようとしています。
町づくりをするうえでも、ランドマークタワーを作ったり、山下公園や外人墓地、赤煉瓦街などを街の名物、誇りとしてとても大切にしています。
ところが考えてみると、横浜というのは、もともとは何もない田舎の浜辺にすぎなかったのです。
ですから東海道五十三次は、東京日本橋を出発点として、品川、川崎、神奈川宿、保土ヶ谷(程ヶ谷)、戸塚、藤沢、平塚、小田原・・・と続き、横浜は出てきません。なかったからです。
それが横浜として誕生したのは、実は人工都市としてのことでした。
ペリーが黒船でやってきて、そのあとハリスとの間で日米修好通商条約が締結されたのが安政5(1858)年のことです。
この条約締結の際、ハリスは江戸の開港を強く要求しました。
江戸なら品川の港がその対象地となるのですが、品川港は遠浅で、大型で鉄の黒船は入港できません。
そこで代替地として開港することになったのが、横浜港だったわけです。
開港すると、そこには外国領事館などが置かれ、さらにそうした領事館関連の商店や、港湾設備の作業員などの宿所なども必要になります。
そこで何もない、海が見えるだけの野っ原に、わずか三日三晩(かなり大げさですが、そう言い伝えられています。実際には一ヶ月ほどはかかったものと思います)で築かれた街が、いまや大都会となっている横浜です。
ですから横浜は、ある意味、とても歴史の浅い街です。
浅いからこそ、横浜の人たちは、横浜の歴史や文化をより一層大事にしようとし、それが「ハマッコ気質」となり、深い郷土愛の原形となっているといえるのかもしれません。
けれど、逆にいえば、歴史の古い街、それは全国至る所にある都市がみんなそうなのですが、その郷土からは、これまでにおそらくは郷土の偉人といわれる人、みんなから尊敬を集めた人が、きっと何人も出ているし、平野部にある都市なら、からなず水害との戦いの歴史があったはずだと思うのです。
たとえば私のいる埼玉県東部なら、そこに古利根川があります。
いまの一級河川の利根川とは別な、小さな川です。
けれど、実はその川は、かつては大雨のたびに猛威をふるった暴れ川でした。
埼玉県越谷市には、下間久里、上間久里という地名がありますが、これは大雨のたびに洪水となり、膝下まで裾をまくらなきゃならならいエリアなので下間久里(しもまくり)、太ももまで裾をまくったから上間久里(かみまくり)という地名になりました。
埼玉県春日部市は、もともと6世紀の第27代安閑天皇の皇后である春日山田皇女の所領だったところで、その名にちなんで、この地に春日部氏が起き、吾妻鏡には、文治3(1187)年に、壇ノ浦の戦いの模様を鎌倉幕府に証言した「春日部兵衛尉」という人物が登場しています。
しかもこの春日部氏、小田原方に味方したために秀吉によって所領を没収され、会津に移住し、そのまた分家が伊勢や美濃に移住して、それぞれ会津春日部氏、伊勢春日部氏となって現代に続いています。
昔、寺子屋では、入学した子供達は、もちろん習字や読み書きを教わったわけですが、同時に「名頭(なかしら)」という授業科目が行われました。
「名頭(ながしら)」というのは何かというと、たとえば、同じクラスにいる高橋さんや、山田さん、斉藤さんなどそれぞれの名字を通じて、その家の祖先が、その昔どのような働きをしたのか、といった話、あるいは、その寺子屋を中心として、東西南北にある地名から、その地名にまつわるいろいろな昔語がされたというものです。
子供達は、こうして近隣の各家庭に対する愛情や、郷土に対する愛情を育びました。
たとえば、鍛冶町(かじまち)といえば、昔、そのあたりに鍛冶屋さんが集中していた。
材木町といえば、そのあたりに材木屋さんが軒を連ねていた。
見沼といえば、そこは昔は見渡す限りの沼地だった。
麻布といえば、そこはあたり一面が麻が生えていた。
そんな話からはじまって、そこが現在までにどのように発展してきたのかなどを知って行く。
そして知れば知るほど、その土地に対する愛情が深まるわけです。
目先の時事問題も、もちろん大切なことです。
けれど時事問題は、いわば直球勝負です。
是か非か、まさにその戦いといって良い。
これに対し、保守の文化活動というのは、いわば変化球です。
結局のところ、こうした文化意識がなければ、改革は根っこを失ってしまうと思うのです。
多くの保守の方々は、たとえば安倍総理の「美しい国」と言われれば、日本的精神や、互いのやさしさが許容される道義国家としての日本をイメージされることと思います。
けれど先日、沖縄出身のある方とお話していたら、「美しい国」からイメージするのは、真っ白い砂浜のビーチなのだそうです。
それも悪くないし、そういう美しい風景を大切にしようと考え、行動することも、もちろん大切です。
けれど、多くの保守の活動家のみなさんは、精神文化としての日本的精神そのものに美意識を感じていて、その美しさを守りたいというお気持ちが根っこにあるからこそ、日本を護りたい、というお気持ちを持たれているのだろうと思います。
ところが、現代日本というのは、その日本的価値観や美意識そのものが、崩壊しかかっているわけです。
だからこそ、「日本が侵略されないように、戦わなくちゃならないだろ?」と話してみても、「いいじゃん、そしたらオレ、外国に逃げるよ」などという愛情も愛着もない軽薄な答えが返って来る。
つまり、根っことして、国や郷土を大事にしたいという気持ちそのものが失われてしまっているのです。
国を愛することも、郷土を愛することも、学校や会社を愛することも、家族を愛することも、すべて同じ愛です。
逆にいえば、国を愛することができない者は、郷土も、学校も、会社も、家庭さえも、愛することができない。
ならば、郷土を通じて、歴史、伝統、文化を学ばせることは、とても大切なことなのではないかと思うのです。
私が提案しているのは、小学校の高学年向けの教科書の副読本としての、郷土の本です。
なぜ小学校の高学年かといえば、反抗期が始まる前の子供なら、その副読本を使って、親も一緒になって学ぶことができやすいからです。
そしてこうした副読本をきっかけとして、郷土の歴史に対する理解が深まり、市や市議の斡旋で郷土の歴史館や、郷土を学ぶ勉強会などが全国各地で展開されるようになったら、これは素晴らしいことになると思うのです。
みなさまの街でも、いかがでしょう。
そんなやさしい郷土史の副読本の編纂を、市長さんや市役所、教育委員会などにはたらきかけてみませんか?

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