
先日、福沢諭吉の「天は人の上に」で有名な「学問のすゝめ」をご紹介したので、もうひとつの有名な著作「脱亜論」について、書いてみようと思います。
「脱亜論」というタイトルは、後年になってつけられたものです。これが出た当初は、タイトルはありません。
実はこれが書かれた当時、福沢諭吉は「時事新報」という新聞の発行に携わっていて、その社説として明治18(1885)年に書かれた記事が、後年になって「脱亜論」という名称で呼ばれるようになりました。
もともとが新聞の社説ですから、決して長い文章ではありません。原文は、2200字、原稿用紙5枚半の短いものです。
文章は短いですが、そこに書かれたメッセージは、明治政府の基本政策ともなったとても大切なものです。
本文に入る前に、すこしこの文が書かれた背景を説明しておきたいのですが、明治維新が、黒船の脅威、つまり欧米列強の軍事的脅威に対して、わが国の自尊独立を賭けて行われたことであることは、みなさまご存知の通りです。
この時代、国家というのは、西欧諸国のことであり、それ以外の世界中の有色人種国家は、単なる地域でしかありません。
主権者の定まらない、ただの地域だったからこそ、欧米諸国は、そこを植民地として支配して行ったわけです。
これに対して、日本は国家としての地位を保つために大名たちはその地位を失い(廃藩置県)、武士も単なる失業者となってでも(四民平等)、日本の自主独立を保とうと必死の戦いを挑んでいたわけです。(戦いというのは武闘だけを指しません)
そしてようやく日本は明治国家として、国としての体裁を保ちます。
ただのエリアではなく、近代国家ですから、領土主権の及ぶ範囲の特定も必要です。
憲法もつくらなきゃならない。各国との条約はもちろん、自国の軍事力の強化も必要です。
そうやって必死の近代化を促進する日本にとって、当時の最大の懸案事項が朝鮮半島でした。なぜなら地勢的に、朝鮮半島が欧米列強の植民地となれば、日本の独立がおびやかされる存在となることは明白だったからです。
もっとも欧米諸国からしてみれば、国土が汚く臭く、貧民の蛮族の群れでしかない朝鮮半島そのものにはたいした魅力は感じなかったようですが、それでも、世界中の有色人種国土が植民地化されていくという世界の情勢の中で、いつ朝鮮半島が植民地化されても、おかしくありません。
明治10(1877)年に起こった西南戦争も、朝鮮半島の独立を企図する征韓論の彷彿(ほうふつ)が原因のひとつです。
一方、朝鮮半島内にも、日本が明治維新によって急速に近代化し、欧米列強の仲間入りできる強国となっていくことに、圧倒的な存在感と魅力を感じる多くの開明派の若者達がいました。
そうした時代背景の中にあって、日本で最初に朝鮮人留学生を受け入れたのが、福沢諭吉が創立した慶応義塾です。
諭吉は、朝鮮人留学生を、自宅に住まわせ、彼らに近代化や西欧事情等についてをしっかりと学ばせています。
そんな中のひとりが、朝鮮人、金玉均(きんぎょくきん)です。
金玉均は、もともと朝鮮貴族である両班(やんばん)の出身で、科挙試験にも合格した秀才であり、朝鮮でのはじめての新聞である「漢城旬報」の発行者のひとりでもあります。
ちなみにいま韓国で自国の固有の文字とされているハングルも、15世紀に楽譜の音符として発明されたハングルを、国民教育のために用いることを金玉均らを通じて薦めたのも福沢諭吉です。
金玉均は、日本の明治維新を模範として、清朝から独立し、朝鮮の近代化と自主独立を目指しました。そして明治17(1884)年4月には、清国がベトナムをめぐってフランスと清仏戦争を開始したのを好機と見て、閔妃政権打倒のためのクーデター(甲申事変)を起こしています。
ところが事件は清国の武力介入で失敗し、わずか3日間でクーデター政権は崩壊してしまう。
日本に亡命してきた金玉均を、諭吉は自宅にかくまうのですが、その金玉均は清国の李鴻章(りこうしょう)と閔妃らの陰謀にひっかかり、上海で虐殺されたうえ、五体をバラバラに引き裂かれて、韓国内に遺体を晒されました。
そのときの晒し首にされている金玉均の写真が下の写真ですが、晒し方にせよ、背景の風景にせよ、当時の朝鮮がいかに貧しい、まるで乞食の群れのような社会であったか、おわかりいただけようかと思います。

時期は前後しますが、甲申事変に対する清国の介入等、アジアが西洋列強という大火災にのまれそうになっている状況に対して、いつまでも中世的中華冊封体制をかさにきて、周辺国はおろか西欧諸国さえも見下してお大臣ぶって体面だけをとりつくろっている清国、その清国の属国として、近隣国にシッポを振るしかできない朝鮮、そして自国内での若者達の真剣なKorean独立自尊の息吹さえも、恐怖による支配で消し去ろうとする李王朝、そうしたものに、福沢諭吉は大きな絶望と幻滅を味わうわけです。
で、もはや、清も朝鮮も、毛筋一本も相手にする必要はない。
そんなことをしなくても、わが国日本の自尊独立は十分に保てる、と堂々と言い切る社説を時事新報にかきました。
それが後年「脱亜論」と呼ばれるものです。
原文は下に示しますが、いつものように、ねず流に読みやすく現代語に訳したものを先に掲載します。
いつもながら、原文は文語体でたいへん格調高い文章なのですが、わかりやすさを優先しているため、その格調は犠牲になっていることは、お許し下さい。
それよりも、意味をつかむことの方がはるかに大切と思いますので。
==========
《脱亜論》
時事新報 社説
明治18(1885)年3月16日
世界の交通はめまぐるしく進化して、西洋文明の風はついに東アジアにもやってきました。
いまや草木さえもこの風の影響を受けています。
西洋人であっても東洋人であっても、人間であることには、なんら変わりはありません。
けれど昨今、西洋人の影響力と行動力がいちじるしく大きくなってきたのは、ひとえに交通の便が発達したことによります。
西洋文明が東進してくるのに対して、これを防ごうと思うなら、まず大切なのは「覚悟」です。
そして覚悟を定めて、世界の現実をよく見て、世界で何が起きているのか、現実をよく確認しなければなりません。
文明というのは、いわば麻疹(はしか)のような伝染病に似ています。
いま東京で起きている伝染病は、もともとは西国の長崎で流行ったものかもしれないけれど、いつの間にか東進して、春のあたたかさとともに東京にまでひろがりました。
伝染病がはじまったとき、それが広がってから病を防ごうとしても、手段はありません。
有害なだけで何のとくにもならない流行病でも、それがひとたび始まれば、その勢いを防ぐことはできないのです。
まして西洋文明となれば、それは西欧社会に利益をもたらすものなのですから、侵攻を止めるのは至難のわざです。
であるならば、西欧文明の侵入そのものを「防ぐ」というのではなく、むしろ私達自身が体力をつけて、これに負けない国になるしかありません。
それが智者の選択と行うべきものです。
そもそも西洋文明がわが国にはいってきたのは、江戸時代のことです。
嘉永年間に黒船がやってきて、多くの人たちがその脅威を前に、日本が強くならなければならぬと心に誓いました。
けれどそれをさせまいと進歩の前に横たわったのが徳川幕府でした。
日本が近代化して西欧と対等につきあえる国となるか、それとも幕府を中心とした旧体制を維持するか。
その二者択一を迫られたときわが国は、「国を重んじ政府を軽し」とする大義に基づいて行動し、ご皇室という神聖かつ尊厳ある存在とともに、もはや老害以外の何ものでもなくなった旧幕府を倒し、新政府を打ち立てることを選択をしました。
日本は、国中、身分の別なく、西洋文明に追いついて行こうという体制を打ち立てたのです。
そうすることでわが国は、次々と植民地支配されて行くアジア諸国の中にあって、唯一、国家として、民族として独立自尊を保ち、生き残るための新たな基軸を打ち立て、近代国家を形成することに成功しています。
ではその日本が行った選択とは何であったのか。
それこそが、まさに「脱亜」の二字でした。
日本は、アジアの最東端にある国です。
しかしその日本国民の精神は、すでにアジア的老害を脱して、西洋文明にちかづきつつあります。
すなわち、日本は西欧諸国とあい並ぶ独立国家としての道を進みはじめているわけです。
ところが、その日本には、実はたいへんな不幸があります。
なにかというと、ChinaやKoreaです。
この二国も、もともとは日本と同じくアジア流の政教風俗をもっている国です。
ところが人種の違いなのか、教育の差なのか、ChinaやKoreaと、日本との文化的な隔たりは、あまりにも大きいものです。
情報がこれほど速く行き来する時代なのです。
西欧的近代文明や、国際法についての知識は、彼らにだって当然もたらされているはずです。
にもかかわらずChinaやKoreaの二国は、まったく変わろうという気がありません。
変わろうとしないだけでなく、まるっきり百千年の昔のままの姿で居続けようとしています。
文明が、まさに日進月歩で進化している現代にありながら、この両国は教育といえば二千年も昔の儒教を言い、学校教育では仁義礼智といい、一から十まで外見を飾りたてることだけを大事にして、中味は、まるで空っぽの脳みそしかもちあわせていません。
アホにはアホの可愛らしさというものが、普通ならあるけれど、この二国に関しては道徳心などかけらほどもなく、その残酷さは破廉恥をきわめています。
それでいながら、態度だけは傲慢そのもので、いかに他国や他人に迷惑をかけても、自省の色なんて毛ほどもありません。
私に言わせれば、この西欧文明の東進という脅威に対し、この二国が独立を維持し続けるなどというのは、およそ不可能なことです。
もしChinaやKoreaの二国に、幸いにも救国の志士が現れて、わが国の明治維新のような政治改革を実現し、政治をあらためて人心の一新ができれば、話は別ですが、そうでなければChinaやKoreaの二国は、いまから数年を経ずして亡国の道をたどり、その国土は世界の文明諸国によって分割、分断されてしまうことは、火を見るよりあきらかなことです。
なぜなら、伝染病にも等しい西洋文明の侵攻にあいながら、ChinaやKoreaの両国は、その伝染するという自然の摂理にそむいて、無理にこれを避けようとして、旧来の陋習(ろうしゅう)という一室にひきこもっているだけだからです。
そんなことをして、部屋の空気を遮断すれば、そのうち窒息して死んでしまうのはあたりまえのことです。
「春秋左氏伝」に「唇歯輔車(しんしほしゃ)」という言葉があります。この言葉は、「輔車」が頬骨ほおぼねと下あごの骨、「唇歯」がくちびると歯で、隣国同志が互いに助け合うことをいいます。
けれど、いまのChinaやKoreaは、日本のために毛筋一本の値打ちもありません(一毫の援助と為らざる)。
そればかりか、ややこしいことに、この日支朝の三国が地理的に近いがゆえに、欧米人から同一視されかねません。
つまり、ChinaやKoreaの不出来な振る舞いをもって、あたかも日本も同じだと思われてしまいかねない危険性さえも持っているのです。
たとえば、ChinaやKoreaが古い専制君主独裁体制で、法治の観念を持たない国であれば、西洋人は、日本もまた、ああ無法律の国かとみなしてしまいます。
ChineseやKoreanが理屈にならない手前勝手な屁理屈ばかり並べ立てれば、ああ日本人も屁理屈をこねくりまわしている、訳のわからない国だと思われます。
あるいはChinaやKoreaが、西欧の武力に恥かしげもなく屈して卑屈な態度をとっていれば、ああ日本も同じ卑屈な習俗の国だとしか思われません。
また、朝鮮の刑罰に、およそ人に行うには酷すぎる残虐な刑罰があれば、日本も同様に残虐非道な国だと疑われてしまう。
こんな例をあげれば、それこそ枚挙にいとまがありません
ようするにひとつの村の住人のほとんどが、愚かで無法で残忍で無情ならば、たとえその村の中にまっとうな一家があったとしても、村の外の人々からみれば、どっちもどっちにしか見えないというのと同じことなのです。
そしてその影響はすでに随所にあらわれていて、わが国の外交に少なからぬ影響を与えています。
これこそ、我が日本の一大不幸というべきことです。
もはや日本に、ChinaやKoreaが開明して国際常識を身につける日を待っているような余裕はありません。
むしろ、ChinaやKoreaとは早々に縁を切って、西欧諸国と進退を共にすべきです。
そして、ChinaやKoreaと接するときには、いちいち「隣国だから」といって格別の配慮など、もやはする必要などさらさらありません。
ChinaやKoreaに対しては、西欧諸国が両国に接するのとまったく同様に、相手を人の住む国とさえ思わず、厳しく対処すればよろしい。
悪友と仲良くする者は、共に悪名をまぬがれないものです。
私は、心において、もはやアジア東方の悪友であるChinaやKoreaとは、絶交を宣言するものです。
=======
さてみなさん、いかがでしたか?
諭吉がこの文を書いたのは、明治18(1885)年のことですから、いまから128年も昔のことです。
けれど、ChinaやKoreaの国柄というのは、百年以上経ったいまでも、なんら変わっていないことに、あらためて驚かされるのではないでしょうか。
私は講演などでよく、千年後の日本人たちは、いまの日本人と違って、恋をしたり、ふられたり、仕事で悩んだり、みんなと一緒に笑いあったり、ご飯を食べたり、夫婦喧嘩したり、家族旅行して楽しんだり、そういう感情や行動はなくなっていると思いますか?とみなさんに質問します。
答えは、千年経っても、人の心や行動は変わらないということです。
ということは、いまから千年の昔の人も、現代人となんらかわらぬ感情を持ち、行動をしていたわけです。
もっといえば、はるか縄文の昔から、日本人はいまと同じように、仲間たちと笑ったり、一緒に働いたり、悩んだり、泣いたり、笑ったり、同じことをしていたのかもしれません。
百年前といえば、大昔と思うかもしれないけれど、実際には、いまも昔もまったく何も変わっていない。
つまり、百年前のChinaやKoreaも、いまのChinaやKoreaも、まったく同じだ、ということです。
ここで注意すべきは、「脱亞論」、あるいは「脱亜入欧」という言葉にいう「脱亞」というのは、ChinaやKoreaとの離別を指す言葉です。
他の東亜諸国とは、従来以上にもっと仲良くしてもまったく差し支えない。
そしていまやChinaやKoreaの二国(いまでは朝鮮が南北に別れているので三国)は、旧ソ連なみ、もしくはそれよりもはるかにたちの悪い世界の人類の敵となりつつあるという現実を忘れてはなりません。
男友達とデートしたくらいで、少女の頭を丸刈りにするというのは、かつてのフランスで、ナチス将校の色女になった女性たちが受けた処分です。
つまり、少女の付き合った男性は、ナチスだというレッテルを貼ったのと同じ事です。
つまり、それは日本人=侵略民族=ナチスという評価を世界的に広めるという国辱ないし売国行為です。
※Freemanの音楽・政治ブログ
AKB48が世界に恥を晒してる件
http://ameblo.jp/free-and-obligation/entry-11462723200.html
同様に、なにやら昨今では、芸能界の複数の若い少女歌手が、某大手広告代理店の若い男性社員たちの前で灰皿に大便をさせられることを強制されたということが女性週刊誌ですっぱ抜かれたそうですが、こういう大便を好むという風俗は、明らかに朝鮮の文化です。
↓写真↓
http://blog-imgs-43-origin.fc2.com/j/c/0/jc02/0512_idol_1_1.jpg
昨今では、日本人の名を持ち、日本人の名を騙って海外で変態行為や犯罪行為を行うことが日常化してきているという現実もあります。
特ア三国との国交の謝絶もさりながら、日本国内に巣食う在日コリアンや在日Chineseについても、その暴虐ぶりは、もはや見過ごすことのできないものとなってきています。
ChinaやKoreaと商取引で儲けている会社も多いですが、およそ誰かが儲けるということは、その分、誰かが損をするということです。
早い話が、Chinaからいま日本が輸入している雑貨類は、年間輸入額が10兆円にのぼります。
もしその雑貨を、国内生産に切り替えたら、モノの値段はあがるかもしれないけれど、倍以上の国内での経済効果が生まれるわけです。
私たちの国、日本は、国として特ア三国との付き合い方、それは日本にいる在日Chinese、在日Koreanも含めて、いまあらためて見直すべきときにきているように思います。
脱亜論。
古くて新しい論だと私は思うのですが、みなさんはいかが思われますか?
《脱亜論 原文》
世界交通の道、便にして、西洋文明の風、東に漸し、至る處、草も気も此風に靡かざるはなし。蓋し西洋の人物、古今に大に異なるに非ずと雖ども、其擧動の古に遅鈍にして今に活發なるは、唯交通の利器を利用して勢に乗ずるが故のみ。故に方今当用に國するものゝ為に謀るに、此文明の東漸の勢に激して之を防ぎ了る可きの覺悟あれば則ち可なりと雖ども、苟も世界中の現状を視察して事實に不可ならんを知らん者は、世と推し移りて共に文明の海に浮沈し、共に文明の波を掲げて共に文明の苦樂を與にするの外ある可らざるなり。文明は猶麻疹の流行の如し。目下東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸して、春暖と共に次第に蔓延する者の如し。此時に當り此流行病の害を惡て此れを防がんとするも、果して其手段ある可きや。我輩斷じて其術なきを證す。有害一遍の流行病にても尚且其勢には激す可らず。況や利害相伴ふて常に利益多き文明に於てをや。當に之を防がざるのみならず、力めて其蔓延を助け、國民をして早く其氣風に浴せしむるは智者の事なる可し。西洋近時の文明が我日本に入りたるは嘉永の開國を發端として、國民漸く其採る可きを知り、漸次に活發の氣風を催ふしたれども、進歩の道に横はるに古風老大の政府なるものありて、之を如何ともす可らず。政府を保存せん歟、文明は決して入る可らず。如何となれば近時の文明は日本の舊套と兩立す可らずして、舊套を脱すれば同時に政府も亦廢滅す可ければなり。然ば則ち文明を防て其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず。如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり。是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き、又幸に帝室の神聖尊嚴に依頼して、斷じて舊政府を倒して新政府を立て、國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り、獨り日本の舊套を脱したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し、主義とする所は唯脱亞の二字にあるのみなり。
我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども、其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。然るに爰に不幸なるは近隣に國あり、一をChinaと云い、一を朝鮮と云ふ。此二國の人民も古來亞細亞流の政教風俗に養はるゝこと、我日本國に異ならずと雖ども、其人種の由來を殊にするか、但しは同様の政教風俗中に居ながらも遺傳教育の旨に同じからざる所のものある歟、日支韓三國三國相對し、支と韓と相似るの状は支韓の日に於けるよりも近くして、此二國の者共は一身に就き又一國に關してして改進の道を知らず。交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして、其古風舊慣に變々するの情は百千年の古に異ならず、此文明日新の活劇場に教育の事を論ずれば儒教主義と云ひ、學校の教旨は仁義禮智と稱し、一より十に至るまで外見の虚飾のみを事として、其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか、道徳さえ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め、尚傲然として自省の念なき者の如し。我輩を以て此二國を視れば今の文明東漸の風潮に際し、迚も其獨立を維持するの道ある可らず。幸にして其の國中に志士の出現して、先づ國事開進の手始めとして、大に其政府を改革すること我維新の如き大擧を企て、先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども、若しも然らざるに於ては、今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし。如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら、支韓兩國は其傳染の天然に背き、無理に之を避けんとして一室内に閉居し、空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり。輔車唇歯とは隣國相助くるの喩なれども、今のChinaやKoreaは我日本のために一毫の援助と爲らざるのみならず、西洋文明人の眼を以てすれば、三國の地利相接するが爲に、時に或は之を同一視し、支韓を評するの價を以て我日本に命ずるの意味なきに非ず。例へばChinaやKoreaの政府が古風の専制にして法律の恃む可きものあらざれば、西洋の人は日本も亦無法律の國かと疑ひ、ChinaやKoreaの士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば、西洋の學者は日本も亦陰陽五行の國かと思ひ、Chineseが卑屈にして恥を知らざれば、日本人の義侠も之がために掩はれ、朝鮮國に人を刑するの惨酷なるあれば、日本人も亦共に無情なるかと推量せらるゝが如き、是等の事例を計れば、枚擧に遑あらず。之を喩へば比隣軒を竝べたる一村一町内の者共が、愚にして無法にして然も殘忍無情なるときは、稀に其町村内の一家人が正當の人事に注意するも、他の醜に掩はれて湮没するものに異ならず。其影響の事實に現はれて、間接に我外交上の故障を成すことは實に少々ならず、我日本國の一大不幸と云ふ可し。左れば、今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろその伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、其ChinaやKoreaに接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。
『時事新報』明治18(1885)年3月16日

↑ ↑
応援クリックありがとうございます。
励みになります。
ねずさんのひとりごとメールマガジン有料版
最初の一ヶ月間無料でご購読いただけます。
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓ ↓

日心会メールマガジン(無料版)
クリックするとお申し込みページに飛びます
↓ ↓

拡散しよう!日本!
ねずブロへのカンパのお誘い
ねずブロは、みなさまのご支援で成り立っています。
よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号 10520
番号 57755631
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇五八(店番058)
種目 普通預金
口座番号 5775563
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu@nippon-kokoro.com

