国際海洋法裁判所(ITLOS)の裁判官に、ソウル大国際大学院教授の白珍鉉(ペク・ジンヒョン)が、選出されました。
白教授は今月6日(現地時間)にニューヨークの国連本部で開かれた国連海洋法条約(UNCLOS)特別当事国総会で、155カ国が参加した第1次投票で113票を獲得し、競争相手だったインドネシアのヌグロホ・ウィスヌムルティ元国連大使(68)を破り当選。
この日の選挙は、昨年11月に亡くなった故・朴椿浩(パク・チュンホ)国際海洋法裁判所裁判官の後任を選ぶためのもので、任期は9年間(2014年9月まで)。
白教授は同日、当選直後の記者会見で、
「韓国が周辺諸国と海洋問題で衝突することが多い状況で、
海洋問題解決の最高機関の裁判官を保有するということは大きな意味がある」
と語った。
白教授は、韓国が日本との間の竹島問題や、
中国・日本との間の排他的経済水域(EEZ)確定問題などの国際紛争を解決するに当たり、
「関連諸国との交渉を通じ解決するが、
必要な場合には司法的解決を追求することも避けるべきではない」と指摘した。
国連事務総長に準ずる待遇を受けるITLOS裁判官の任期は9年で、再任も可能。
■関連記事:「独島問題、必要なら司法的解決の追求も」
http://news.livedoor.com/article/detail/4051955/
竹島問題については、その経緯を勘案すれば、明らかにこれが日本固有の領土であることは明白な事実です。
韓国の領有権主張は、明らかな不法行為であり、日本はこれまでに何度となく「紛争の解決のために、国際裁判をしようと、韓国に対し働きかけています。
これに対し韓国は、もともと竹島は韓国固有の領土であり、裁判をするまでもないと、日本の申し立てを突っぱねてきてる。
そして、竹島を不法に占拠し、その海域で軍事演習をして日本に対する威嚇までしてきている。
しかも韓国は、万一、竹島問題が国際裁判となったときに備え、その裁判所の裁判官に韓国人の朴判事を送り込んでいた。
そしてようやく、その朴判事が任期満了でリタイヤしたと思ったら、新任で、白教授を判事として送り込むことに再び成功した。
韓国はそこまでして、自国の不法行為を正当化しようとしている。
日本人の感覚からしたら、「あれまぁ、よくやるよ、ネー^^」程度のことかもしれないけれど、彼らにしてみれば、竹島問題は、自国のナショナリズム喚起と、日本へ刃を突きつけ続ける意味で、このことは非常に大きな意味を持つ。
なにせ、日本は、文句を言いさえすればいくらでもカネを出してくれる便利な国だし、韓国の外貨準備高がいくら不足しようが、足りない分は日本に貸してもらえばまにあうし、日本から借りた金は、まったく返済の必要がない(笑)
日本が「貸したカネ返せ」と言ってきたら、従軍慰安婦だの、戦争責任だの、竹島問題だのを持ち出せば、弱腰の日本の外務省が、みずからすすんで払わなくてもいいように、日本国内をなんとか調整してくれる。
ちなみに日本から韓国に渡る多額のカネは、決して韓国庶民の生活を豊かにすることに使われない。韓国政府高官のポケットにはいることで、政府高官の懐を肥やし、韓国庶民と政府高官達との間に、圧倒的な富の差を築き上げている。
韓国庶民は、洗脳され、利用され、ナショナリズムを扇動されて、日本=悪の枢軸国と思いこまされる。竹島は古来韓国領だと信じさせられる。だから韓国における竹島の領有の問題は、事実の問題ではなく、ほとんど韓国教上の信仰上の問題となっている。
信仰上の問題なのだから、事実は関係ない。太陽が昇る方角が西だ、と教えられれば、韓国の一般庶民は、そう信じ、従うだけである。
日本は庶民文化の国である。
日本では、他の誰よりも庶民が大切にされる。
日本は、そういう文化を育んできた。
こういうと、「だって、日本の政府は戦争で多くの日本人を殺したじゃないか」と言い出す人がいるけれど、それは違う。
もし日本が戦わなかったら、日本は列強の植民地化され、おそらくいまだに東南アジア諸国、そしてアフリカの諸国は、欧米の植民地のまま独立を果たせず、差別され、人格権を認められず、教育も私有財産も取り上げられ、無教養で汚く、ムチで打たれなければ働かない怠惰な奴隷となっていたであろう。
日本の庶民が、そうなりたくない。ちゃんと教育も受け、自由な言論、私有財産、生存件が保障された国家でありたいと願ったから、みんなが苦しい戦争を戦った。
内地ですら食い物もない中で、「欲しがりません。勝つまでは」と、貧しさに耐え、苦しい生活に耐え、夫や子を戦地に送り出した。
そうしなければ、もっと悲惨な生活が待っていると、当時の日本人が知ってたからです。
だから日本では庶民が戦った。町内会での竹槍演習など、米兵が上陸した際に、機関銃や火炎放射機の前で、何の役にも立たないかもしれないけれど、それでも、みんなが学校の校庭に集まって、命がけで竹槍の突き方の練習をした。
後世になって、それがバカげた政府のとんでもない政策だったようなことが言われているけれど、そうじゃない。そこまでしてでも、当時の人たちは、日本の自由を、日本人の生活権を、私有財産権を、言論の自由を、教育を受ける権利を守ろうとした。それは政府の政策というよりも、むしろ庶民の意志であったといえると思うのです。
こう書くと、さらに左翼系の人から、「そもそも歴史にIFは禁物なんだよなぁ」という声が聞こえてきそうです。
それも違う。
過去の歴史も、未来を作る現代も、すべて「もし・・・であったなら」が先にくる。
誰もがその時代を必死で生きた。
現代人にとっては過去の出来事でも、当時の人にとっては、それが「現在」だった。
そして「現在」の現実のなかで、未来を模索し、未来に備えた。
いまだって同じです。
もし、株価が5000円を割るような事態になったら。
もし、致死性の悪性のインフルエンザが大流行したら。
もし、竹島の領有を日本が放棄したら。
いろいろな選択肢の中で、最善と思われる選択をし、行動する。
そのことは過去の人たちも、いまを生きる私たちも同じです。
そして、もし日本が戦わなかったらどうなっていたかという現実から、眼をそむけさせること自体が、サヨクのプロパガンタだと、ボクは思っています。
話を戻します。
日本人は、江戸の昔から識字率が90%を超える、高教育国家でした。
それだけに庶民の力が非常につよい。
「おかみは、民のためにある」と、日本人の誰もが、心のどっかでそう信じてる。
大岡裁き、水戸黄門、暴れん坊将軍。。。。
おかみは、常に庶民の味方だと、心のどっかで信じている。
現代だってそうです。
おかみが間違って、無辜の民を逮捕したりしたら、冤罪事件だと大騒ぎになる。
国政を担う政府にとっても、議員にとっても、最大の関心事は、国民の支持です。
私たちは、それがあたりまえと思っている。ふつうにどこの国もそういうもんだと、勝手に思い込んでいる。
しかし、世界を見れば、暴力団の組長が総統をきどって、勝手に政府と名乗っているような国家の方が、はるかに多い。日本の常識は世界の非常識でしかない。
ひるがえって見るに、お隣の韓国は、ヤンバンの国です。今も昔も変わらない。
ヤンバンと呼ばれる一部の貴族階級が、庶民から徹底的に収奪した。
庶民には私有財産は一切認められなかった。教育も与えられなかった。
韓国人の遺伝子には、火病がしっかりとインプットされているけれど、愛妻を勝手に収奪され、連れて行かれたり、ろくに残っていない食い物を床まで剥がして役人にもっていかれたりという庶民の暮らしの中で、彼らが抵抗する手段は、ひとえに、泣き喚くことしかなかった。派手に泣き喚いて自己主張すれば、かわいそうに思うか、うるさいと思って、少しは食い物を残して行ってくれる。
収奪と自己主張。これが韓国の文化の根底にある。
日本は、隣にこういう遺伝子を持った国がいて、にもかかわらず日本は「国債紛争の解決の手段としての戦争を永久に放棄する」と日本国憲法第9条で定めている。
しかし、その9条のために、日本の領土・領海がおびやかされ、カネをむしり取られ、ひいては日本の庶民の暮らしにヒビがはいる。
はたしてそれでいいのか。
日本と日本人は、憲法9条のために存在しているわけではない。
日本と日本人のために、憲法がある。
すくなくとも、日本の領土である竹島を軍事占領するような行為に出たものにたいし、実際に戦争をせずとも、もし日本が怒り、報復にでたら韓国軍は、一瞬で壊滅するぞ、くらいの威厳は、日本にあってもまったくおかしくない。それができるだけの技術・資金・人材は、日本には十二分にある。
「権利の上に眠る者は保護しない」・・・これが日本国内、国際司法を問わず法というものが持つ大前提です。
いくら歴史的事実が、竹島=日本固有の領土であると規定していたとしても、領有権を主張し、そこを占領する国があったら、その時点で領土も領海も、奪われる。
勝てば官軍。あの祭りで国際司法裁判所におそまきながら訴えても、すでに判事は韓国人・・・・
日本、これでいいんでしょうか??
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