
昨日のことです。ひさびさに会った友人といまの政局の話になりました。
で、「いまはどのくらいの時代にきているのだろう。維新はまだかいな」という話になり、結局、いまは天保の大飢饉が始まったくらいのご時世にあたるのではないかという話になりました。
天保の大飢饉は、天保四年(1833年)から数年間続いた凶作による全国的な飢饉を指します。
時を同じくして、50年続いた11代将軍徳川家斉にかわり、徳川家慶が12代将軍になります。
幕府の威信を保つためにも、将軍交代の儀式は派手に行わなくてはならない。
ところが、世は飢饉の真っ只中です。
そこで、時の老中水野忠邦が目を付けたのが、天下の台所・大坂の町でした。
水野忠邦は、自分の実弟・跡部良弼を、町奉行として大坂に派遣します。
天保七年(1836年)、東町奉行に就任した跡部は、大坂市中や近在の米の値段が暴騰するのをしり目に、『将軍交代の準備』という名目で、せっせと米を買付け、江戸に回します。
ただでさえ、続く凶作で米が不足しているなかでの大量買付です。
大阪の豪商たちは、どんどん米の値段を吊り上げる。
これをみた大阪町奉行所目付役筆頭・地方役筆頭・盗賊役筆頭・唐物取締役筆頭・諸御用調役(すごい要職兼任数です)であり、いまは市中で陽明学を教える塾を経営していた大塩平八郎は、自分の考えた『飢饉救済策』を、何度も町奉行・跡部にうったえます。
ところが、跡部良弼には、老中水野忠邦という強力なバックもおり、隠居した元与力の意見など聞く耳持たない。
大塩平八郎は、「与力の隠居ふぜいが身分をわきまえない事をしつこく言うのならのなら、お前を牢屋にぶち込むぞ」とまで言われてしまいます。
その間に、米の値段は、6・7倍に跳ね上がり、一部の裕福な商人を除いてはほとんどの庶民はその日暮らしの状態。
道端で物乞いをしても、この飢饉では物を恵んでくれる人もなく、餓死する人は大阪市中で一冬で5千人に達したと言います。
それでも市民たちは、必死にその日その日の食料を得るために、五合・一升というわずかな米を、どこからかやっとの思いで手に入れるのですが、それは闇米だ、規則違反だ、と奉行所役人がひっ捕まえて牢屋行き、米は役人に没収されてしまう。
そんな時、甲斐一国騒動、三河加茂一揆と各地に、一揆や打ち壊しの騒動が起きているウワサが大坂にも伝わってきました。
大塩平八郎は、「このままでは、大坂でも一揆や騒動が起こる」と、重ねて跡部奉行に訴えますが、やはりいっこうに耳を傾けようとしなかった。
「奸吏糾弾の事件後、また再び与力たちは不正に走り、四ヶ所の役人たちものさばり出し、しかも今回は町奉行までもが、飢饉の救済もせず江戸の水野のほうばかり向いている。もう、これ以上は無理だ。待っていられない。」
そうして、大塩平八郎は、翌天保八年(1837年)の正月、有名な『檄文』を作成。これを大量に印刷し、大阪市中にばらまきます。
2月18日に、書き溜めた数々の書類を木箱にいれ、直接幕府に届くよう江戸向けの飛脚に託すと、翌2月19日朝8時に、大阪の町で決起します。
この乱は、裏切り者の事前の密告によって、早々に鎮圧されてしまいます。
しかし、大塩平八郎の純真な思いは、その『檄文』によって、人ずてに全国にひろがり、文に刺激された国学者・生田万(いくたよろず)が、遠く越後(新潟)・柏崎で発起したり、大塩門弟と名乗る人物が摂津・能勢で兵を挙げたり・・・といった事が各地で起きるようになります。
徳川幕府にとっては、大塩平八郎は、たいへんな反逆人です。
幕府は、事件後必死になってあることないこと平八郎の悪い噂を流し続けます。
しかし、大坂市中の町民も、周辺の農民も、そのような中傷はガンと跳ね除け、
「自分たちのために自身を犠牲にしてくれた大恩人」という気持ちを強く持ち、
平八郎の『檄文』をひそかに隠し持って、永く手習いの手本にしたと言います。
明治維新の30年前の出来事です。
大塩平八郎は陽明学者ですが、その遺志は、以後、。吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、河井継之助、佐久間象山らに受け継がれ、明治維新へと続きます。
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大塩平八郎・檄文(口語)の冒頭の文
天から下された村々の貧しき農民にまでこの檄文を贈る。
天下の民が生前に困窮するやうではその国も滅びるであろう。
政治に当る器でない小人どもに国を治めさして置くと、災害が並び起るとは昔の聖人が深く天下後世の人君、人臣に教戒されたところである・・・・
(中略)
この頃米価はますます値上がりして、大坂の奉行・諸役人は庶民に対するいつくしみを忘れ、勝手な政治をしている。
その上わがままな命令を何度も出し市内の悪徳高利貸し・大商人だけを大切にしている。
私たちは、もう堪忍ができない。
やむなく天下のためを思い、罪が一族・縁者におよぶ事もかえりみず、有志と相談し、庶民を苦しめている諸役人を攻め討ち、さらにおごりたかぶる悪徳町人・金持ちを成敗する。
生活に困っている者は、大坂で騒動が起こったと聞いたなら、いくら遠くても、一刻もはやく大坂へ駆けつけてくれ。
その者たちの貯えていた金銀や隠しておいた米を皆に配分したい・・・・
☆全文をご覧になりたい方は、↓にあります。
http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/jpn/oshio/geki.html
漢語の方はなにやらむつかしいですが、口語約のほうは、涙を誘います。
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